THE PANEL ─アートとサイエンスにおける考察─

ライフスタイルとクリエーションの狭間で。

空っぽの部屋は、これから立ち込める熱気を既に予感させていた。

この胸騒ぎは今からここを訪れる観客たちに共鳴していくに違いない。

時間の経過と共にフェードインする空間───ヴァニラの香りに包まれ、メロウな音楽で満たされていく会場。

扉は開かれ、次々と人が雪崩れ込む。

無色透明だったものが徐々に形を現わしていく。

予想通り、胸騒ぎは激しくなっていた。

このエッジの利いた企画にフックがかかった「鋭い感性の持ち主」で客席は埋まった。

めいめいの個性派が、一つの空間で調和される。

2018年2月14日───。

京都精華大学で学生集団「S.U.C.C.」が企画するトークイベントTHE PANEL が開催された。

ここで生まれたトークセッションは非常にエキサイティングであった。

対話の中で新たなヒントが生まれ、同時多発的にリンクを起こし、遊戯的に展開する。

タブをクリックすると別のタブが開き、次々と過去のアーカイブが表示されたり、自然と新たなムービーが流れ出したりするように、彼らの頭の中にあるイメージが次々と反応を起こしていった。

それは、こよなく鮮やかで、刺激的な風景であった。

議論は成熟し、理解が深まり、さらに新たな発想の種をその場に撒き散らした。

私はその撒かれた種を拾い集め、この記事を執筆した。

その時は「無駄」だと思われていた言葉たちも、じっくり(何度も)観察すれば異なる表情を見せた。

それらは腐葉土となり、深い理解へと導くための栄養となっていたのだ。

さぁ、読者の貴方にも「知の熱狂」を届けよう。

THE PANEL

「テクノロジーの進化と、これからの音楽とファッション」

【コーディネーター】

・光嶋崇(アートディレクター/京都精華大学ポピュラーカルチャー学部非常勤講師)

【パネリスト】

・藤原ヒロシ(fragment design主宰/京都精華大学ポピュラーカルチャー学部客員教授)

・VERBAL(アーティスト/AMBUSH®クリエーティブ・ディレクター/m-flo/PKCZ®/HONEST BOYZ®)

・源馬大輔(クリエーティブ・ディレクター)

・鈴木哲也(クリエーティブ・ディレクター/元honeyee.com編集長)

・政田武史(画家/京都精華大学ポピュラーカルチャー学部非常勤講師)

・中里周子(ファッションデザイナー/東京藝術大学大学院・博士課程在)

・前田流星(S.U.C.C代表/イラストレーター/バレーボウイズ)

・今田早紀(S.U.C.C)

テクノロジーの進化には副産物が生まれる。

〈光嶋崇〉

光嶋

「今回のテーマは『テクノロジーの進化と、これからの音楽とファッション』ですが、一様にテクノロジーと言っても色々あります」

藤原

「このテーマのきっかけは、僕が精華大学での授業の中で『テクノロジーの進化はどういうことなのか?』と考えていて。

よく言われるのが『モノを小さくする』ということですよね。あるいは『様々な要素を一つのモノに集計させる』こと。携帯電話がその代表です。

テクノロジーの変遷を説明するのには『音楽』というのはすごく分かり易い。

もともとレコードが無かった時代は、人は広場やホールに集まって音楽を聴いていた。

ある日、それが30㎝のレコードになった。それがまた12㎝のCDになり、今やMP3になってクラウドから音楽をダウンロードするようになった。

テクノロジーの進化によって便利になった。音楽が持ち運び可能なものとして色々なところで聴くことができる。しかも無料で。

〈藤原ヒロシ〉

副産物として様々なアートワークが付随していった。レコードにおけるジャケットのようなものが、クリエイティビティの対価としてね。

そういうことを思いはじめたんです。

テクノロジーの進化はクリエイティビティとどのようにして結びついていくのか。

これらはファッションや音楽の業界がこれから直面していくことになると思うので、そのようなことを話すことができればと思いました」

光嶋

「僕もデザイナーをしていて、レコードのジャケットを作ったりしていたのですが、ここ最近はそういった仕事がなくなりましたね。

僕の兄はスチャダラパー(日本のHipHopグループ)のBoseというラッパーで。

かれこれ29年前くらいのことですが、兄がラップをやりはじめたくらいの頃で、僕がその現場へ遊びに行ったら藤原ヒロシさんがスケボーに乗って現れた。そういう古い付き合いで僕の大先輩にあたるのですが、当時からオモシロイ認識を持っていらっしゃった。あの時代にアナログレコードのこともテクノロジーとして扱っていましたよね?」

藤原

「当時にしたらアナログレコードもテクノロジーですよね。あれは紛れもなく進化だった。

みんなびっくりしたんじゃないですか?家で人の声が聴けるということに」

光嶋

「ファッションについてはどうですか?例えば暖かい素材のようなものなど、テクノロジーの進化で安く大量に作れるようになりました」

中里

「技術が発達することでどんどん人の手を離れていって新しいものが生み出されています。ただ思うのが、テクノロジーという言葉自体が若干『古い』という印象があります。『科学技術館』のようなイメージというか。進歩しているのだろうけど、そこに留まっている。オールドで、ギーク(マニアックな技術や知識を有する人、特にコンピュータに関して)な感じがする」

藤原

「テクノロジーの進化そのものが止まった、ということですか?」

中里

「いえ、進化は全然止まってはいないんです。むしろずんずんと先に行っているのだけど、テクノロジーという言葉が当たり前過ぎて、なんだか古臭く感じる」

鈴木

「テクノロジーという言葉に、『ファンタジックな未来』がセットになっている未来モデルというものがきっとあったと思うんですよ。テクノロジーが進化するとSF的な、いわゆるアニメやマンガ的な未来の生活があるように見えていたのだけれど、今はそうではない方向へ進んでいるんじゃないかな?ファッションにしても音楽にしても」

今田〈S.U.C.C〉

「この前発表していたMargielaのクチュールのJohn Gallianoがやっているラインで、ファーストルックでフラッシュみたいなものが焚かれて、コートの色が一瞬変わるというルックが出てきたんですけど。なんていうか、すごくギャグっぽかったんですよね。テクノロジーの取り入れ方が。テクノロジーを使って服の色が変わるということを仰々しく、それをメインにしているわけじゃなくて、本当に『一瞬色が変わる』という。そういうライトさみたいなものが逆に私はカッコイイなって思いました」

藤原

「中里さんが仰っていた、『テクノロジーを前に出し過ぎると恥ずかしい』という感覚ですね」

〈中里周子〉

中里

「確かにギャグのような感じで転用するというのは、もしかしたら世代間で美意識の差みたいなものがあるのじゃないかなって思います。

私はもうすぐ30歳になるのですが、いわゆるネットカルチャー世代。一括りされるのもどうかとは思うのですが、そういう世代の自分たちって、Windowsとかのデスクトップの青い空と緑に広がる地平線ってあるじゃないですか。

ああいう薄っぺらい大自然みたいなものに対して、逆に共感できるような。

そういったフェイク感みたいなものに惹かれるというか。

ペラペラしているものに対して美意識の中で共有している部分があるのかなぁって思っていて」

藤原

「なんかちょっと分かる気がする。画面に広がる青い空と緑、っていうWindowsっぽいやつね。でもあれは向こうとしては、本当に人の心を癒そうと思って使っていて、僕らが感じるように小馬鹿にされようっていう意図はないですよね?」

中里

「その真面目な、真摯さみたいなところが」

藤原

「逆に小馬鹿にしているわけ?」

今田〈S.U.C.C〉

「バカな感じですよね」

藤原

「分かる」

〈鈴木哲也〉

鈴木

「社会の要請として、『もっと便利で合理的に』っていう時に、クリエーションが乗っかる余地っていうのがどんどん減っちゃっているんじゃないかってこと。

その中でクリエーションを残していく、生き残っていくためにはどうするんだっていうのが、今日のテーマなのかなって思うのですけど」

藤原

「僕はどっちかというと(テクノロジーにクリエーションを乗っけるのは)無理矢理感があるのかなぁって思うんですよ。テクノロジー的なものを洋服とかにくっつけていくのは、古くなった時に使い物にならなくなる」

源馬

「チョイスの一つが増えるだけだと思うんですよ。

新しいもの全てが最高だというわけではない。本来は新しいものが最高であるはずなんですが、ファッションにおいては『新しいものが最高である』とは言い切れないと思っています。石油を使わずにタンパク質をデザインして繊維を作ったり、その質感を心地良いものにさせたり、テクノロジーにはそういう魅力的な要素はあると思うのですが」

藤原

「裏方的なテクノロジーという」

源馬

「そうですね。

それが裏だけでなく表に出ているテクノロジーにしてもそうだと思うんです。僕は音楽でいうとMP3っていうのがすごく嫌いで、何かビジネスとクリエーションで、ビジネスが勝っちゃった瞬間なんじゃないかと思うんですよね」

藤原

「でもでも、iPhoneにはいっぱい音楽入ってるでしょ?」

源馬

「入ってないです。数少ない抵抗です」

政田

「自分が子供の頃、ドラクエ3が最先端だったんです。荒いビット画のゲーム画面を、パッケージのメインヴィジュアルを元に想像力を補って楽しんでいた。今は、何でもクリアに見せ過ぎていて、自分の想像が入る余地がない。それが淋しいなぁって。テクノロジーの功罪じゃないでしょうか」

VERBAL

「先ほど仰っていたテクノロジーをファッションへ盛り込むっていうのは、プロットタイプ(試作品)になればいいのかな、と思っていて。つまり、提案としてのものです。

無理矢理にテクノロジー入れないと、っていうプレッシャーはもちろん要らないと思います。例えばBRITA(ブリタ)っていう浄水器があって。カートリッジが古くなったらセンターに報告してくれて、新しいのが届くんですよ。それはテクノロジーの便利な利用のされ方だと思います」

藤原

「僕が感じていたのは、例えばスノーボードウェアで、Bluetoothのリモコンがあるという。それ自体は『すごい』と思うのだけれど、ただそれだけで。実際にはファッションの邪魔者になってしまっているんですよね。どれだけデザインが良くても、やっぱり十年後にはそれはもう使えなくなってしまうっていう。

いわゆるガジェット(目新しい道具、面白い小物)と一緒になれないのかなぁっていうのはありますね。便利さだったり、ライフスタイル感としては良いんですが。

VERBALの言ったBRITAにしろ、テクノロジーにおいて便利なものはすごく良いと思う。でもクリエイティブの面からだと融合するのは難しいんじゃないかなぁって」

源馬

「方法論としてはすばらしいことだとは思うのですが、なかなか洋服自体はそこまで変わらないという」

鈴木

「結局、感性の部分で、洋服だったら『かっこいい』とか『美しい』とか、そういったところが大事になるわけじゃないですか。テクノロジーの進化の副産物で、人間の感性が変わるということもあるわけですよね。写真の発達によって絵の描き方が変わったり、あるいはコンピューターを通して作る音楽が意外とかっこいいだとか。

テクノロジーが便利になるとか、合理化するのではなくて、そのものが持つデザインだったり、新たな美しさへの発見というか、人間の感性を刺激できるようなものであれば多分共存できるというか、一緒になってくるのでは?」

VERBAL

「例えば白いシャツで『一生襟の周り黒くならない』みたいな。ケチャップをこぼしてもすぐに白くなるみたいなものならウェルカムですけど。一時期はやったクラブに行ったら音に合わせて光る服みたいなことではなく」

鈴木

「90年代のハイテクスニーカーって、機能重視で作られたデザインでしたよね。今、Balenciaga(バレンシアガ)とかああいったハイブランドがある種のオマージュとしてスニーカーを扱っていて。あのデコラティブな、ごてごてしたデザインがカッコイイってなっているじゃないですか。

90年代のAIR MAX(エアマックス、Nike製のエアバッグ搭載シューズ)みたいなものは機能性がそのデザインを作ったはずだけど、『そこで作られたデザインをカッコイイと思えちゃったらファッションになれる』みたいな。そういうことなのかなぁとは思います」

藤原

「『汚れないシャツ』というのもすごく面白くていいかもしれないけど、やっぱり汚れているものを買いたい。古着として買うこともあるわけですよね。自分が着ていた白いシャツがどんどん汚れていって、ケチャップのしみがついて、その方が良いっていう人もいる。その良さも確かにある。

かといって、その汚れないテクノロジーというのはそれはそれであっても良いから、やっぱり一つの選択肢として存在する方が良いのかもしれませんね。全てが全部とって変わるというよりも、一つの選択肢としてあるという」

VERBAL

「永遠に汚れないシャツを開発できたら、紳士服として大きなビジネスになりそうですよね」

藤原

「でも一回きりですよ。誰も買い換えないから」

VERBAL

「確かにwww」

光嶋

「エジソンが言ったやつですね」

藤原

「そう、『電球が切れなかったらやっていけないよ』という」

〈VERBAL〉

光嶋

「でも、思いついた方向にはテクノロジーの技術は向かいそうですね。汚れないものはきっと開発しているでしょうし、それだけじゃなく汚れにくいものとかね。管理がしやすいもの、例えばアイロンをかけなくて良いとか」

藤原

「実際、中里さんはデザイナーとして汚れない生地があったら使いたいですか?」

中里

「それはそれで良いとは思うのですが、私にはあまり魅力的に感じません。ファッションとしてテクノロジーを用いた時に、手段と目的が逆転しちゃうっていうのがある

藤原

「それをそろそろ分けてもいいかなぁと思うんですよ。

『汚れないシャツ、汚れない生地』というのもそれはそれでテクノロジーをライフスタイルとして欲している人はいるだろうから。

僕らファッションの方は、汚れたり破れたりする方が今でも良いんですよ。『ファッションってそういうものですよ』って。分けるっていうのは難しいかもしれないが、共存というか。どちらかというと振り幅的には、『汚れない素材はライフスタイルの方面でやってください』という。

僕ら(ファッション)は50年前の革ジャンもたまには着たいし、これから先も今作ったものが50年後に汚れた状態で着てもらえたら嬉しいしっていうものなんじゃないかな

中里

「個人的には全く無意味な機能みたいなところに『すごく注意力がかかっています』ということの方がクリエーションとしては面白いですよね」

藤原

「そうですよね。そこにファンタジーを感じる」

〈源馬大輔〉

源馬

「テクノロジーの進化で得られるものはチョイスが増えること。それをどう使うかというところが問題になる。僕がやっているようなことは極端に言えば『パリコレなんてどうでもいいよ』ということで。でも、僕はそこに死ぬほど力を注ぐし、それがやっぱり僕たちの人生だし。そのファンタジーが人を幸せにすると思うと、テクノロジー以外にもやれることはあるのかなぁとは思いますけどね

鈴木

「やっぱり、テクノロジーを使おうと使わまいと、そのプロダクトがカッコイイと思わなかったらファッションじゃないですよね。

『ただ便利なだけ』というのはファッションとして要らないということ。コモディティというか。

逆に何がファッションとテクノロジーを共存させることができるのかっていうのは、やっぱり『人』だと思うんです。そこがクリエイティブ・ディレクターやファッションデザイナーの仕事。ブランドっていうものをどういう風に考えていくのか、という。もの作りじゃない部分で、カスタマーとのコミュニケーションにインターネットに代表されるようなテクノロジーを使っていくというのが主流になっていくのではないでしょうか。

作るもの自体はアナログなんだけど、プロダクトの届け方やプレゼンテーションの方法が変わってくるのではないでしょうか?」

源馬

「僕なんかはわりと古いことをしていると思うのですが、やっぱり新しいものに対して拒否反応をしないように努力しています。

ファッションデザイナーの方はテクノロジーを好まない人も多いと思うのですが、プロモーションの方法とかにはデジタルなものを使いたい。多くの選択肢から正しいものをチョイスしたい

鈴木

コミュニケーションとして選択肢がたくさんあっても、作っているものは常にカッコいい。自分たちが信じるカッコいいモノで変わらないというところでなら担保できる。そういう発想ですよね」

源馬

「ただ、作るものは時代に合わせているのは事実だと思うんです。Bluetoothをつけたりというのも一つの例として。時代にはどうしても逆らえない

《テクノロジーから見たファッション》《ファッションから見たテクノロジー》は見えている世界が大きく異なる。

テクノロジーは芸術性を生み出すよりも先に、利便性を具現化する。

利便性は合理化とも言い換えることができる。

そうなると、「無駄」を主燃料とするクリエーションは収縮していかざるを得ない。

テクノロジーがライフスタイルと相性が良い理由は、合理的である点においてお互いが需要と供給の関係にあるからだ。

テクノロジーは合理化を得意とし(その原因は人間が今のところそのような役割としてしかテクノロジーを操作できていないことによる)、ライフスタイルは合理性を求めている。

利便性を求めて作られたファッションと、芸術性を求めて作られたファッション。

この構造をベースにテクノロジーについてのディスカッションが展開された。

源馬氏はテクノロジーの進化をポジティブに「選択肢が増えた」という捉え方をし、藤原氏はさらに「選択するのはいつだって人間側」であることを強調した。

結論として、ライフスタイルとクリエーションを共存させることがファッションの未来になると予測された。

鈴木氏は、そのキーとなるものは「人」であると回答を導き出した。

それがクリエイティブ・ディレクターであり、ファッションデザイナーの役割である、と。

新しいモノ、古いモノ、そしてSNSの距離感。

藤原

「僕らは進化をなんとなく見てきた。時代の流れの中で進化だったり変化だったりを感じているけど、ここにいる二人は(S.U.C.C)あんまりないですよね?子供の頃からスマホと同時に育った感じですよね?」

前田〈S.U.C.C〉

「そうですね。レコードの方が新しい。アナログのモノの方が新しいという感覚ですね」

藤原

「レコードを骨董品の一つとして捉えている」

前田〈S.U.C.C〉

「そうですね。レコードのノイズ感が良いと思って使ったり、カセットを買ったりとか。ヒロシさんたちの時代に比べると全然違うレコードの聴き方をしているのだとは思いますね」

藤原

『レコードしかなくてレコードを聴いている』のとは違って、選択肢の中の一つという聴き方としてのレコードというチョイス。それはさっき皆さんが仰っていたことですね」

VERBAL

「昔はレコードもストーリーテーリングの一環で、キュレーションだったじゃないですか。

ジャレットツェッペリンのアナログ買ったら『ジャケ見て、これ実は逆再生したら悪魔が唱えている声が聴こえるんだぜ』みたいな都市伝説があったりだとか、色んなロマンがあって。

アナログ一枚から色んなイメージを彷彿させたと思うのですが、今は多分聴き方が違っていて。ファッションアイテムの一つだったりする。逆に今のMP3以降で育った人たちはキュレーションの方法が多方面になっていて、より高度になっていると思うんですね。

アーティストの見せ方一つにしてもそうです。2、30年前はミュージックビデオしか方法がなかった。今の子は毎日Instagram(以下インスタと表記)で何かを投稿していて。『こんな髪型してます』とか『ちょっとだけ楽曲UPします。だからプロフィールとして聴いて下さい』みたいな。結構色んなことしなきゃいけないので、キュレーションの量が大変なのかなぁって

前田〈S.U.C.C〉

「僕らもバンド活動(バレーボウイズ)をしていて、SNSの発信というのは常識というか、そこはマストとしてやっていかなくちゃいけないっていうのはあります。それをしない方がおかしいくらいの環境だと思いますね」

藤原

「今田さんはSNS見たりします?」

今田〈S.U.C.C〉

「見ます」

藤原

「例えばインスタで見て、『この洋服いいな』って思った時に『これを買いたい』と思ったりするんですか?

僕らの世代というか、SNSのなかった時代とは違うのかなぁ?僕たちは一つの写真から得る情報量というのは実はすごく多くて、そこに写っている靴だけじゃなくて『その靴の裏にあるあのポスターは一体何だろう?』とか思っていましたよね。そういうのは今でもあるのかな?」

今田〈S.U.C.C〉

「すごく分かります。SNSとかインスタとかでは底なしに画像が見れるわけですよね。

自分が記憶していない画像も見ている。その中で自分がピンときたものが現れた時に数秒留まったり。他の画像と何らかの差異がある。でも、その裏側がもしかしたら張りぼてかもしれないじゃないですか。過剰に言えばですけど。だからあまりインスタとかを信用していないというか。少し引いた感じで、距離を置いて見るようにしていて」

〈 前田流星(S.U.C.C)〉

〈今田早紀(S.U.C.C)〉

藤原

「先ほどの源馬教授の視点で、新しいものを取り入れるという話で。つまり『オープンマインドでいる』ということ。中にはそうじゃない人もいる。デザイナーの中には、そういった新しい価値を入れないで、黙々と自分のやるべきことをやるっていう。それを政田くんとも話したんだよね。『写真』という表現方法ができた時の話を」