今回もまた、『千原さんのおはなし』と題し、ゲスト講師との関係性を伺いながら、〝物語作家〟としての千原徹也さんを掘り下げていくことができれば、と思います。
前回の『千原さんのおはなし』で、千原さんから「極端な話、講義はどこでも聴けるから、それよりもこの場所での出会いや繋がりを持つことの方が大切」という話を聴き、ふとFacebookのマーク・ザッカーバーグが母校のハーバード大学で登壇した時のスピーチを思い出しました。
コミュニティにとって大切なこと───ひいては人類にとって必要なことは〝目的意識〟だとザッカーバーグは語りました。
その中で紹介したケネディ大統領がNASAを訪れた時の話が印象的で。
ホウキを持っている清掃員にケネディが「あなたは何をしているのですか?」と尋ねたら彼は「大統領、私は人類を月に送る手伝いをしているのです」と答えた、というもの。
〝目的〟というのは僕たちが自分以上の大きな〝何か〟の一部であると感じ───それがコミュニティであるのですが───必要とされ、率先して役に立ちたいと思える感覚のことです。
僕はそれを〝志〟だと理解します。
千原さんがお話になった、このれもんらいふデザイン塾という〝場〟づくりにおいて、僕もまた良き〝場〟をつくる一部でありたいと思いました。
「よし、みんなと話そう」
僕はインタビュアーやMC業など、人と話をする仕事を生業しているにも関わらず、仕事以外で人と話すことが得意ではありませんw
僕が塾生の誰かと話すことで何か大きなことが起こるとは思えないけれど、千原さんの想う〝場〟───れもんらいふデザイン塾の空気を作る一部になれるのなら、やってみよう。
NASAの清掃員の志と重ね合わせるように、理想的な〝場〟を構成する見えない力の一部となれるのなら。
少しずつ、少しずつ、僕も成長しています。
嶋津
今回のゲスト講師は Numéro TOKYOの田中杏子さん でしたが、千原さんの抱く杏子さんの印象はどのようなものでしょうか?
千原
谷川じゅんじさんの家で開かれたホームパーティで会ったのが最初です。
もちろん、ずっと第一線で活躍されてきた方ですので、以前から僕は杏子さんのことを知っていて。
実際にお会いして思ったのは「柔らかい人だなぁ」って。
とても話しやすかったです。
コレクションの際にパリに行くと、ファッション系の方々がたくさんいて。
そこでお会いした時には「あ、千原君!今、空いてるの?一緒にランチ食べようか?」と声をかけてくれたり。
パリでは梢(秋元梢)と一緒にいたので、彼女もNuméroで仕事をしたりしているので3人で食事したりして。
嶋津
千原さんのNuméro TOKYOでのお仕事はどのようなものだったのでしょう?
千原
一番印象的だったのは〝アート特集〟ですね。
「特集ページを全部アートディレクションして欲しい」って言ってくれて。
70ページくらいあったんですけど、それを全部デザインしました。
商品を紹介するページからファッションのページも全てデザイン、撮影もしましたね。
嶋津
杏子さんのお話で、ある種〝毒〟───脳に傷をつける、ということが一つのキーワードのように感じました。
千原さんのクリエーションにも〝毒〟のような違和感がありながら、その中にもかわいさが同居していて。
そのバランスというのは意識されているのでしょうか?
千原
意識ということでもないかもしれませんが、自分が色んな広告やCDジャケットを見て「つまんないな」と思う時はたくさんあって。
それと同じことをやっちゃいけないなって。
自分が〝おもしろい〟と思うには、取り組んでいる作業を〝おもしろい〟と思えるまでやらなきゃいけないというだけのことだと思うんです。
僕自身は意外と、自分の作るものには〝毒っ気〟はないと思っていて───〝脳を刺激する〟という意味ではあるのかもしれませんが。
人の目を惹く方法で一番手っ取り早いのが〝奇をてらう〟ということなんですけど、僕はそれはやらない方が良いと思っていて。
シンプルに言えば〝目を惹くこと〟が広告の仕事なのですが、日々ものづくりをしていく中で「いかに戦略的にやるのか」というのではなく、「自分のやりたいことを正直にやるのか」ということが人に対して最も気持ち良く刺さるっていうのが分かってきたんですね。
戦略的にデザインすることで、それに刺さる人も中にはいますが「この広告のパターンって前にもあったよね」ということも増えてきて。
分かり易い話で言うと、血が出たりすると人間は「お!」と思ったりするわけですよ。
他にもドクロが出るとハッとするじゃないですか。
それはもう、ある種作り手の〝戦略〟ですよね。
あと、そういうのって人に対してハッピーじゃないなって思うので。
だから僕は絶対に血やドクロは使わないです。
っていうか、そもそも僕自身がそういうことに対してそこまで興味がないんですけどww
奇をてらって「今、世の中がこっちを向いているから、この逆をやりましょう」とか「今、こういう流れが来そうだからコレをやりましょう」とか。
僕はそういうことは気にしないんです。
〝いかに自分が今、おもしろいのか〟と思えることに正直でいるだけなんです。
嶋津
そういったお考えはいつ頃芽生えたのでしょうか?
今お話を聞いていて、最初の時間にお話をされていた「やりたいことの純度を上げる」という話にも繋がってくるのでは、と思いまして。
ゲスト講師による講義の前に、千原さんが「今週のれもんらいふ」といって、一週間の出来事(お仕事やおもしろかったもの)を紹介してくれる時間があります。
そこで、僕は千原さんのブログについて質問しました。
千原
先日、誕生日ということもあって『人生が二度あれば』というブログを書いたんですね。
勝手にサザンDAYをやっていた時というのは、毎日が本当にギリギリで、常にあたふたして、でも〝夢に向かっている〟というのがすごくあって、楽しかった。
勝手にサザンDAY…千原徹也主催のサザンオールスターズ40周年記念のサザンへのオマージュイベント、2017年9月19日に代々木公園音楽堂にて4000人を集客した。
それが終わり、日常の仕事に戻った時に何か物足りなさを感じたんですね。
それからこの2ヵ月ほど、グラフィックデザインなど自分がやりたかったことをもう一度見つめなおしました。
元々、僕は映画監督になりたくて。
なんとなく「50歳でやろう」と思っていて。
周りの人にずっと言っていて。
50歳というのはちょうど人生100歳の半分だし、そこから2つ目の職業に移り変わってもいいよなって。
ほとんどの人って転職する場合、ネガティブな理由ですよね。
それに天職を見つけたらきっと死ぬまでその仕事をすると思うんですよ。
〝天職〟だと思いつつも、それを途中で辞めて他のことをやる。
そんな風にできたら、人生が2回あるように思って。
それで「50歳になったら絶対に映画を撮ろう!」って。
ずっとそう思っていたのですが、勝手にサザンDAY終わりの燃え尽き症候群というか、この無気力な状況をどうにかしたいと思ったので「もうやろうかな」というのをブログに書いたんです。
「やらなきゃいけない」とか「お金のために」とか、そういう要素をどんどん減らしながら、〝やろうと思ったことだけをやっていく〟ということを最近よく考えていて。
20代の頃は「グラフィックデザイナーとして活躍したい」という夢がある中で、やりたくないこともたくさんやってきました。
徹夜とか、アイディア100案出しとか……あれ、やりたくないんですよww
そういうのも「やらなきゃいけないよな」って思ってやっているわけじゃないですか。
アートディレクションの仕事でいうと「ファッションの広告を作ってください」って言われた時に、広告という話だったのが具体的な内容を詰めていくとHP用の動画だったり、Instagram用の動画だったり。
そうなるとすごく嫌な気持ちになるわけですよww
なぜかというと、僕が元々「グラフィックをやりたい」と思っていた頃にはInstagramもなければHPもない時代だった。
そもそもそこに憧れがないんですよねw
よくよく考えたらファッションブランドのHPってEC(電子商取引)がなければ、ほとんど誰も見に来ないと思うんですよ。
「HPに誘引する動画を作ってください」と言われたとて、そもそも〝誘引する意味があるのか?〟が分からないんですね。
その中で「それを作る意味って?」ということを考えると「何のために?」ということになってきて。
そういうことを「やる意味ないですよ」ってどんどん言っていくことができたらって思います。
そうなるとやるべきことがシンプルになっていって、〝やりたいこと〟の純度が上がっていくような。
最も伝わる方法。
さて、ここで先ほどのインタビューに戻ってくるのですが。
「この内容で2時間の講義を聴きたい」というくらいのお話を千原さんは3分ほどでしてくれました。
〝今、自分がやっている方法〟をテーゼとし、〝ロジカルな方法論〟をアンチテーゼとすると、千原さんのお話はその二つを凌駕するジンテーゼでした。
ここにれもんらいふデザイン塾の本質のようなものが見え隠れしています。
千原
以前、STOIQUEというデザイン会社にいた時に中島知美さんというアートディレクターがいて。
すごく動物的な方で、とても繊細なんだけど直感を大切にされているというか。
例えば、昨日何気なく喋っていた映画の話なんかをプレゼンシートの文章の中に組み入れたりするんです。
「あ、あれ、昨日話してたやつだ」って。
〝今〟自分がいいと思っているもの、おもしろいと思っているものをどんどんシートの中に落とし込んでいくんです。
中には「このプレゼンには関係ないよね?」っていうこと入れて、それをうまく混ぜていく。
僕が博報堂にいた時というのは、営業とデザイナーの両方がプレゼンシートを作るんです。
つまり、シートが2種類あってそれを後で繋げるんです。
僕はアートディレクターに指示された広告のビジュアルを作る。
営業は「今世の中はこういう流れで…その中で御社はここにいます」みたいな、XY軸やマトリクス表が出てきたり、数字を出してロジカルに説明するんです。
「統計的にこの商品はこれだけ売れて、これは売れていないので、狙いはコレでいきましょう!…」みたいな。
それに対してクライアントは「おーっ!」となる。
その後、僕のデザインしたヴィジュアルが登場して…という。
独立した時に気付いたのですが、僕はその営業の方々がやっていてたロジカルな〝説得力〟というプレゼンをやっていないんです。
リサーチもできないし、資料も作れない。
ということは〝戦略的に考えることができない〟っていうことなんですね。
でもね、STOIQUEの中島さんは、戦略シートがないけど自分のやりたいことを言って相手を納得させちゃうんです。
それが大事だ、と。
例えば、une nana cool(ウンナナクール)さんの広告をやった時は、戦略的なことは一切なく。
1ページ目でまず自分の想いを伝えたんです。
「ウンナナクールの広告をすることは僕の夢だった」というところからはじまって。
〝みんなで一緒にウンナナクールを作っていこう〟という想いをシートにしていった。
本来ならそこにそういった図表が作れたら説得材料になるのだろうけど、僕はただ想いを書いた。
すると社長さんがね、「これは社員全員に言えることだ」って言って、プレゼンシートをコピーして全社員に配ってくれたんです。
「すごく感動した」って。
嶋津
戦略ではなく、想いによって心を動かした。
千原
そうですね。
あらゆる種類のアートディレクターがいた方が、様々な広告が作られるように───どんな広告があってもいいと思うんですよ。
前提として〝この商品が売れなきゃいけない〟っていうのはあるんですけど。
その中で僕は、「戦略を打ち立てて相手がドキッとすることを考えて…」というよりは、〝自分がどれだけこの広告を楽しめるか〟ということで。
広告を作っていて思うのは、僕は一人じゃなくて色んな人と一緒にやりたいんです。
「この商品を売りたい」と思うまで、どこまで自分の気持ちを上げれるか。
「じゃあモデルを安達祐実ちゃんにしたらめちゃめちゃ楽しいね」とか、「フォトグラファーを今気になっているあの人に依頼したら会えるんじゃないか?」とか「コピーライターを仲良しの川上未映子さんにしたら一緒に仕事ができる上に、その後ごはん行って飲みにいけるよね」って。
そうする〝広告を作るための楽しみ〟ができるじゃないですか。
それが一番大事。
それは僕だけじゃなくクライアントにとっても。
僕がノっているわけだから、アウトプットは必然と最高におもしろいと思えるものになる。
嶋津
観客の心ももちろん大切だけど、何より大切なのは自分の心がドキドキワクワクすること、という。
千原
この間ダライ・ラマさんの話を聴いたんですね。
端的に言うと、彼は「世界平和」と「自分のやりたいことをやれ」って言っていたんですね。
でも、「自分のやりたいことをやれ」っていう言葉の中には、「自分のやりたいことをできない人に世界平和なんてできっこないよ」っていう意味なんだと僕は受け取ったんですね。
「世の為、人の為にやろう」じゃなくて、「まずは自分の夢を叶えないと、人の為にやる景色なんて見えないから」って。
ダライ・ラマさんの聴き手として小橋賢児くんがいて。
彼がULTRA JAPANというフェスをやった時の話をしていて「ここまで色々苦労して、ようやく開催することができて、7万人全員が感動している───同じことで気持ち良くなっている状況を見て、今まで自分は世界平和なんて考えたことがなかったけど、これが世界平和に繋がるんだって思った」という話をしていて。
〝自分がやりたいこと〟を突き詰めたところに、クライアントだけでなく世の中の人が「いいね」って思えるものが絶対にあるなって思ったんです。
だから「自分は良いと思ってないけど、きっとクライアントはこっちの方を喜ぶんだろうな」とか「世の中の人はこうだから、こうしておいたらウケるでしょ」って思っていると絶対にダメで。
嶋津
先週の千原さんの〝場づくり〟のお話に感化されて、僕も塾生に話しかけに行ったんですね。
「この塾に入った理由は?」っていうのを聴きながら。
すると、とある塾生が「最初、どうやれば売れるのかという方法論を学びたいと思ってた。でも、2回、3回と講義を受けているうちに、ゲスト講師の熱さが伝わってきて、〝そういうことじゃないんだ〟って思いはじめた」って。
むしろ今は、ロジカルな戦略論よりも心の面のことを知りたいと思っているっていうことを言っていて。
「すごい、まさにそれって千原さんが話していたことだなぁ」と。
千原
講義で聴ける話は雑誌でも聴けるかもしれないけど、今ここで、杏子さんが今あそこにいて、そこで生まれる言葉はどこにも聞けないじゃないですか。
この後居酒屋に行って、横で聞く話は誰にも聞けない。
自分だけの体験になるわけじゃないですか。
それが一番大事だと思うんですよね。
千原さんのおはなし、を聴いて───。
以前、精神科医の名越康文さんがとあるラジオ番組で「〝奇跡〟というのは自分の中に流れるストーリーだ」って言っていたのを思い出しました。
〝奇跡〟というのはただの偶然かもしれない。
でも、〝奇跡〟を体験したことのある人には、〝奇跡〟を信じることができる強さを持つことができる。
そういう内容だったように記憶します。
もう10年以上前の話だけど、その言葉が僕の中でずっと残っていて。
〝奇跡〟を体験した者は強い。
〝奇跡〟は存在すると思えるだけで、どんな状況でも自分を信じて突き進むことができる。
塾長の千原さんを含め、ここの講師の方は全員数々の〝奇跡〟を体験し、その力を信じ、あらゆる失敗も糧に変えて大きくなってこられました。
この場所に集まった偶然───それを〝奇跡〟に変えるのは未来をクリエイトする〝今〟の自分なのかもしれません。
僕もまた、塾生のみんなと同じようにネットや紙面から得る情報だけでなく、血の通った〝自分だけのストーリー〟を自分の中で豊かにしていきたいと思います。