読む「れもんらいふデザイン塾」vol.14


今回のゲスト講師はスペースコンポーザー の谷川じゅんじ氏。

時代、人間の感情、言葉、芸術…

あらゆるものを地図へと落とし込み、体系化することによって思考をクリアにする。

思考がクリアになれば、視界もクリアになる。

〝空間〟という形のないものを構成する彼が、形ないものを言語化して整理していくその光景は圧巻であった。

一つ一つの星を線で結びつけることで浮かび上がる星座のように。

それぞれが関係性を持ったその瞬間から、今まで見えなかったものが、見えはじめる。

不思議な体験をした2時間。

講義の一部をご覧あれ。

Space Compose

人を惹き付ける〝しくみ〟のデザイン

谷川

「空間を媒体にしてメッセージを伝える」という仕事をしています。

〝コンセプチュアルデザイン〟と呼んでいますが、コンセプトを考えたり、空間をデザインしたり、あるいは体験をデザインしたり。

それらを繋げることで生まれる領域───ブランディングもまた仕事の一環です。

しかし、最近ではこれらの分類が曖昧になってきています。

コンセプト、空間デザイン、体験などの境界線がなくなりはじめ、混沌とした状態にあります。

「変化」から「進化」へ

2枚のスライドがスクリーンに映し出される。

どちらもニューヨークのフィフス・アベニューの写真だ。

一方は1900年の街並み、自動車が一台、あとは幾台もの馬車が道路にひしめき合っている。

そしてもう一方───1913年の街並みは道路を埋めるほぼ全てが自動車に代わっていた。

谷川

一つの革新が劇的に街を変えました。

1900年に比べ、1913年の写真はほとんどが馬車から車に変わっています。

この間に何が起きたのか?

1908年にT型フォードが登場し、自動車が大量生産されるようになりました。

たった一つのイノベーションが街全体のインフラを変えたのです。

もう一つの事例を見てみましょう。

2005年、コンクラーヴェ(キリスト教徒による法王選挙)のスライド。

集まった人々の中にはデジカメでその様子を撮影している者が。

そして、2013年───ほぼ全ての人が手に持ったスマートフォンで、法王選挙の模様をカメラに収めている。

iPhoneの登場です。

これが意味するもの───それは、「人の数だけ情報が発信される」という状況に変化したということです。

「改善」というのは、現状に改良を加えてより良いものにアップデートしていくことです。

それ自体は決して間違っていることではありません。

しかし、今の時代、蓄積された改良によってアップデートされるのではなく、〝ある日突然〟想像もしないようなプラットフォームやシステムが登場します。

その〝ある日突然〟は何の前触れもなく訪れます。

進化はジャンプアップするように〝ある日突然〟やってくるのです。

世の中はシフトしている

谷川

20世紀と21世紀は、ビフォアーインターネットとアフターインターネットに時代は分かれます。

インターネットが登場する以前の20世紀では、資本が中心で世の中が動いていました。

つまり、お金を中心として企業が活躍していた。

お金には「課題を解決すると増える(儲かる)」という仕組みがあります。

課題解決の方法(答え、ないしヒントを導き出す手段)が発見されると、それは規格化され、コモディティ化していきます。

規格になると、量産が可能になり、大量消費を促す傾向へと自然と流れて行きます。

それはトレンドを仕掛けることによりコントロールされていく。

そうすることによって社会全体のマーケットを大規模化させていきました。

人々の暮らしをどんどん標準化させながら、同時にお金を使わせる仕組みです。

結果として、どこに住んでいようと暮らしは都市化していきます。

例えば、新幹線の駅前というのはどこの街でもリトルトーキョーのようになっています。

ロードサイドにしても同じです。

大型量販店、ラーメン屋、焼き肉屋、レンタルビデオショップ、DIYセンターなど誰もがなんとなく想像できる景色が溢れています。

これらは〝都市化〟という現象の一つで、「違うはずなのに、みんな同質になっていく」ことの現れです。

20世紀はスタンダードの時代でした。

画一化されることにより効率化が進んだ。

ブランドの時代

谷川

インターネットの出現によってその時代が大きく変わりました。

情報トラフィックが複雑になり、そして情報を手に入れたことによって人々は様々なことに気付きはじめた。

お金中心〟から〝文化中心〟へと世の中が変化していきます。

文化が中心となると、人々はお互いの違いを確認しようとするようになります。

つまり、デザイン時代の幕開けです。

観察することや共感することが重要になってきた。

そのような過程で生み出されたものは個性が強い。

その個性がブランドとなってくる。

情報に溢れ返る中で、〝自分〟という存在を見つけてもらうためにはブランドが立っていなければならない。

それは、ブランディングの必要性を意味します。

それぞれがブランドを立てていくと、「同じものをみんなが共有しているということは格好悪い」という価値観になってくるんですね。

「人と違う方が格好良い」という価値観が前に出てきて、トレンドが機能しなくなってくる。

トレンドに乗らない風潮は〝ライフスタイル〟と呼ばれはじめました。

ライフスタイルは地域やコミュニティで流行するものなので規模が大きくなることはない。

コミュニティが醸成され、ヒューマンスケールとなり、自分の心が燃え上がることを重視するようになる。

ダイバーシティと呼ばれる環境は、それらの流れで生まれたものです。

20世紀のBIG3企業

FORD(フォード)

GM(ゼネラル・モーターズ)

CHRYSLER(クライスラー)

21世紀のBIG3企業

Apple

Alphabet(google)

Amazon

20世紀は企業にとって集約産業で、企業と企業が結びつくことによって(BtoB)によって大きな事業に発展していく。

つまり企業間取引によって収益が生まれる企業モデルでした。

21世紀は〝個人のための会社〟

「一人一人の生活をどう支えるか」ということに対して役立つサービスを提供して、何十億という人たちから支持されている企業が今の世界を牽引しています。

〝企業中心〟から〝個人中心〟へ───〝企業有形資産〟から〝個人無形資産〟へと社会全体が変わってきています。

無形資産は主に3つ。

・生産性資産

スキル、仲間、知識、レピュテーション(評価)

生産性を上げる資産

・活力資産

フィジカル、メンタルコンディション、ハピネス、ヘルスフル

「健全なる精神は健全なる身体に宿る」

溌溂としたエネルギーを持つ人に、人は集まる

・変身資産

リ・クリエーション、セルフマネージメント、パーソナルネットワーク

自分自身の変わり目や潮目を発見する能力

誰かと会う、環境を変える、行ったところのない場所に行くなど

これらの3つの資産運用がうまい人が、常に楽しく溌溂と生きていくことができるわけです。

結果的に経済的にも豊かになっていく。

是非、塾生のみなさんもこの無形資産をどのようにして成長させるかということを考えてみてください。

人生が楽しくなるはずです。

マルチステージライフ

谷川

20世紀の人生は短かった。

教育を受け、仕事をし、60~65歳で引退した後は退職金でなんとかやっていくことができました。

21世紀は「人生100年時代」と呼ばれ、たとえ60歳で引退したとしても、その後には40年生きて行かなければならない。

〝学び直し〟が求められる時代です。

学び直しはまさに無形資産を価値向上するために最も有益な方法です。

実は外国の人たちは、日本人が元々そのような性質を持った国民であるということがよく分かっています。

勉強すること自体を外国の人たちは、こういう生き方を日本人は元々やっているということをよく分かっていまして、

A JAPANESRE CONCEPT MEANING A REASON FOR BEING.

これは、僕たちが何気なく普段使っている日本語の英訳───〝生きがい〟です。

実は〝生きがい〟という言葉は外国語にはありません。

総じて日本人は、年代によって社会との関係性が変わる中で、常に自分が溌溂と生きていくための工夫(生きがい)───手段ではなく、モチベーションをデザインすることが得意なのです。

徹底した考察とロジカルな語り口から、谷川氏のことを〝サイエンス(論理)の人〟という印象を抱く人も多いのではないでしょうか。

しかし、それは半分正しく、半分は誤りであると僕は気付きました。

もちろんそのうっとりするような言語感覚は常人の域を超えています。

しかし、言葉よりもずっと本質的な部分は、その枠から溢れ出す〝ゆらぎ〟にあるのです。

そのことに気付いた瞬間から、僕の中での谷川氏は「言葉よりも、音楽的な感性を持つ人物」という印象へと変わりました。

谷川氏は〝空間〟という形のないもの(実際にはあるのですが)をデザインし、構成しています。

それは、建物というよりも光や音楽や匂いと似た存在で。

確かに知覚することはできますが、形がない───まさに、ゆらぎのデザインです。

最もニュアンスの近い表現は「音楽の建築」であり、「水や光の建築」であり、「香りの建築」といったところなのではないでしょうか。

きわめて論理的でありながら、強烈なほど鋭い感性の持ち主───つまり、谷川氏の中にはサイエンス(論理)とアート(感性)が同居していて、さらに言えば後者に主軸がある。

それが意味する内容は「谷川氏にとって〝言葉〟は窮屈過ぎる」ということです。

言葉のフォルム、またはそれが持つ意味を越えたところにこそ本質がある。

収まりきらずに溢れ出した部分にこそ、最も重要なエレメントがあるのではないでしょうか。

そのことを裏付けるかのように、講義の中で谷川氏はこう述べています。

谷川

「空間に足を運んでもらう」ということって、意外とハードルが高いんですね。

今、スマートフォンを使えば実際にその場所に行かなくても、行った気分は味わえます。

Googleのストリートビューでも、アマゾンの奥地まで見ることができる世の中です。

でも、そこには実感がない。

その土地へ行き、体感する。

この仕事を突き詰めていけばいくほど、〝体感〟に勝るものはないと思います。

まさに〝体感〟しなければ理解に及ばないもの。

きわめてフィジカルで、高解像度に呼応する感受性を必要とする〝何か〟。

その本質を身体や感性では深く理解している。

それを伝えるために言語化し、またはサイエンス的なアプローチによってさらにその可能性を広げるために体系化しているように思います。

この観点から見れば、これから先の話はより実感を伴って読み進めることができると思います。

これからの未来について

谷川

Space = Experience

「空間は体験である」

お客さんにどのようにして体験価値を残すのか。

その仕組みをつくることを常に考えています。

〝場所〟には、期待、印象、記憶の融合があります。

それが「ここが好きだ」という気持ちをクリエイトしていきます。

ブランディングにはこれら3つの作用が重要になります。

Expectation─Impression─Memory

期待─印象─記憶

コンテンツはいっぱいあっても、コンテクストをちゃんと伝えないとなかなかコンテンツは理解されない。

Context > Content

モノは所詮、モノに過ぎません。

モノには周辺の人やコト、様々な情報が付加されることにり、はじめてモノは〝ただのモノ〟ではなくなります。

つまり、「モノの価値はコンテクストで決まる」ということです。

ソーシャルコミュニティ(地域社会)はどのような人たちで形成されているのかというと、3種類に分けることができます。

それはどの街でも、どの都市でも同じです。

その街に住んでいる人

その街で働いている人

その街にやってくる人

この人たちをどうやって捕まえるか。

今までは〝(マス)メディア〟と呼ばれるもので伝わっていたけれども、いろいろな領域が分散して、多様化しことにより(マス)メディアだけでは情報がなかなか伝わらない。

では、今はどこから情報を仕入れているのか。

その答えはソーシャルです。

様々なアプリケーションやデバイスにより、あるいは人の口伝いに情報が伝達されていきます。

自分の好きな人や仲間が「どこに行ったのか」「誰と会ったのか」「何がおもしろかったのか」───みんながそこに注力して見ています。

それらのことを〝ソーシャルエクスペリエンス〟(社会的体験)と僕たちは考えています。

目に見えない世界

谷川

スピリチュアルやマインドフルネス。

いわゆる〝目に見えない世界〟は人間を司る構成要素として大切だと思っています。

「見えるもの」よりも「目に見えないもの」の方が僕は価値が大きいと思っていて───空間はその最たるものです。

目に見えているものはほんの一部でしかなく、実際には目に見えていない雰囲気、空気感、エネルギー、波動、それらのものこそ最も大事です。

因みに、僕たちが存在しているこの三次元において、我々人間の肉体を含めたあらゆる物質は全て波動───光、音、それから気や思考でさえも。

そういう意味では全ては同じものであるし、万物が最後の最後で炎の領域に達した時に全ての関係性が繋がることこそ宇宙の摂理だと思っています。

それは全くもって必要な世界であるし、常に存在しているものです。

今、永平寺さんと永平寺町の仕事をしています。

永平寺と言えば、道元禅師が建立した曹洞宗の寺院です。

永平寺自体は永平寺と永平寺町で構成されていて、福井県の山の中にぽつんと佇んでいます。

今、この場所にシリコンバレーからトップ・エンジニアたちが移住しはじめていて、実際に何名かが住んでいます。

スティーブ・ジョブズが禅に傾倒したように、ハイテックの領域で仕事をしている人たちの興味を惹いています。

マインドフルネスもその禅思考に近いところから派生しています。

人間は振り子の生き物なので、エンジニアリングやプログラミングなど最先端の開発をしていると、反対側にあるアナログなものが必要になってくる。

テレワークで仕事をしながら、たまにお寺に行き座禅を組むという生活を送っています。

いろいろな仕事をしていて感じることは、僕がクリエイティブな仕事の領域に関わり始めた頃よりも、境界がどんどん曖昧になってきています。

二次元のグラフィックデザインから三次元の空間デザインへ進む人もいれば、建築家からメディアアーティストになる人もいる。

「入り口だけで選択肢は決まらない」ということです。

入ってからどのようにして学ぶかによって、次への展開(進み方)が見えてきます。

変化することが許容されているし、もっと言えば「変化していく人の方がしなやかな生き方を送っている」という印象です。

例えば、〝シンギュラリティにおける2045年問題〟という話でも、実際にその時代になってみなければ世の中がどのような状況であるのかは誰にも分かりません。

どんどん変化していく中で、一緒にいて楽しい人と自分がやりたいことを一生懸命に、そして丁寧にやる。

結果として振り返った時に残るものが大きいのではないかと思います。

サイエンスとアートの両輪を巧みに使い分け、〝目に見えない要素〟を解読し、〝空間〟という形ないものを構成する。 

科学が追いついていない領域までも、アートの力でワープする。

それはある種の魔法のようで、それさえも演繹的なアプローチで新たな地図へと落とし込んでいく。

谷川じゅんじ氏には、僕たちが予想するよりずっと遥か遠い未来が見えているのかもしれない。

空間の持つ未知なる可能性が、僕たちに力を与える。

※当記事の写真は伏見歴堂氏のものを使用しています。