読む「れもんらいふデザイン塾」vol.8


今回のゲスト講師はEXILE/三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBEのメンバーである小林直己氏。

オーラは細部に渡る。

深くまろみを帯びた心地良い声、インテリジェンスを感じる語り口、洗練された立ち居振る舞い。

日本を代表するエンターティナーはただそこにいるだけで、〝輝き〟というエレメントを揮発させる。

「本気なのか、そうではないのか、というのは指先に答えが出ます」

事実、彼は講義の中でこのような言葉を残した。

5万人の観衆の前で手加減は出来ない。

自分の持っている全ての力を出し切らなければ、立ち向かえない───何より、2度と会うことができないかもしれない人に対して誠実で在らざるを得ない。

その連続が、精神と肉体の研鑽へと繋がり、〝小林直己〟というアーティストを洗練させていく。

「私が見ている花は、あなたと同じ色ですか?」

「全てのことって、結局捉え方次第なのではないか、と。

あの日、オーディションに落ちて〝失敗した〟と思っていたけど、でもそこでオーディションに通らない人の気持ちを知って。

いつかどこかで自分が逆の立場になった時、その人に対して優しい言葉をかけることができるかもしれない。

通らなかったことで出会えた人、その出会いによって今、幸せになっているかもしれない。

叶う夢もあるけど、叶わない夢もある中で、でもやっぱり幸せに生きていきたい。

そういうことをエンタテインメントとして伝えたい」

クリエーションとイノベーションを繰り返しながら螺旋状に進化していく中で、彼の夢もまた進化していく。

その夢が、エンタテインメントを通して世の中を巻き込み、多くの人を幸せにする。

〝小林直己〟の歩む道が提示するもの。

鋼のような意志と圧倒的な行動力で人生を切り開く。

彼の生き方の示すデザインが、見る者の心に刻まれ、生き続ける。

それでは講義の模様をお楽しみください。

直己

この講義を迎えるに当たって「自分ならば何を伝えることができるだろう?」と考えました。

自分とデザインの関係性を掘り下げていくと、この2つの点に絞られていきました。

・クリエーションにおけるデザイン

・キャリアにおけるデザイン

まず1つ目の〝クリエーションにおけるデザイン〟はまさにLDHが行っています。

僕は今、LDH JAPANという会社に所属しているのですが、そこでアーティストとしての活動をしていると同時にマネジメントの仕事にも携わっています。

具体的に言うと、LDH JAPANの支社(LDH USA)がLAにあるのですが、そこでクリエイティブキャリアアドバイザーという立場でマネジメントに関わっています。

表に出ている人間としてプロジェクトを支える───アーティストとしてものづくりをしてきた経験をLDHの別のプロジェクト、又は外部プロジェクトでコンサル的な意見を出す役割です。

《LDH》

EXILEや三代目J SOUL BROTHERS、E-girlsなど、数々の所属アーティストのマネジメントを中心としたビジネスに加え、数多くの事業(360°マネジメント)を展開。

LDHという名は〝Love、Dream、Happiness〟の略で、会社名であると同時に僕たちのメッセージでもあります。

人間にとって〝愛〟〝夢〟〝幸せ〟というのは欠かせないものです。

楽曲を通して、パフォーマンスを通して、ライブを通して伝えていきたいという想いが込められています。

今では大きな成功を収め、幅広いビジネスを展開しているが、立ち上げ当初はほんの小さな会社だった。

EXILEの初期メンバーの6名のみ。

手作りではじめたLDH。

人気と実績を獲得していくにつれて、少しずつ活動の領域を拡げていった。

LDHには、マネジメントだけでなく、アパレルやレストラン、トレーニングジムなどのグループ会社が存在する。

それらは、アーティストの活動から派生する形で生まれ、今は活動をサポートしつつ、それぞれが独立して運営されている。

直己

根本にあるのは全て「アーティストのより良いパフォーマンスを引き出すため」そして「メッセージを届けるため」

そのための試行錯誤から生まれたものばかりです。

また、LDHではダンススクールも運営していて、スクールでレッスンを受けていた生徒がアーティストに成長していくというシステムがあります。

当時、実際に僕も、ダンススクールでレッスンを受けたり、生徒に教える立場だったり、スタッフとして働いていました。

そこからアーティストになりました。

クリエイターとして、またアーティストとしても夢へ挑戦できる場所を作っていきたい。

それがLDH(Love、Dream、Happiness)の中のメッセージに入っています。

LDHは日本を拠点とし、支社はアメリカ、ヨーロッパ、アジアとグローバルに展開しています。

その上でエンタテインメントを通して日本のカルチャーや美意識を伝えていくという志があります。

アーティストのストーリーを作り、そのストーリーに合うデザインをプロフェッショナルとコラボレーションしながら作り上げていく。

デザインの関わり方として、一つ目(クリエーションにおけるデザイン)がこのような形です。

離見の見。

アーティストとして表舞台に立ちながら、LDH USAにおけるクリエイティブキャリアアドバイザーとしてマネジメントの仕事も同時に行っている直己氏。

彼の中にはアーティストとディレクターが同居している───つまり「表現者でありながら、演出家である」という側面。

彼の言葉を整理していて私は能楽師である世阿弥の言葉を思い出した。

世阿弥は能楽論書『花鏡』の中で「離見の見(りけんのけん)」という表現を使い、客観的視点の重要性を説いた。

離見とは、演者が舞台上の自分自身という視点(主観)から離れ、観客の立場で自分の姿を見ること。

外からの視点(客観)を持つことにより、自分の感覚知を超えたパフォーマンスを磨くことに繋がる。

興味深いことに、その特性は J SOUL BROTHERSで培った視点であったことが彼の言葉から読み取ることができる。

直己

元々ダンサーってプロデューサー気質があって。

踊りたい楽曲を選んで(ないし作って)、振付も考える。

踊る場所を選んだり、イベントに出演するだけでなく、自分で作ったりもする。

イベントの運営も自分で行う。

ですので、プレイングマネージャー的に、自分でマネジメントをしながら自分がプレイヤーでもある。

ステージに立って、曲が流れた時にお客さんが喜んでくれる。

じゃあ、今度はその曲の世界観がもっと伝わるように、衣装を変えよう、曲順を変えよう、ライブステージを変えよう…

そのように、様々なマネジメントが増えていき、プロデューサー視点が養われていったのではないか、と。

代表のEXILE HIROを見ていてそう感じます。

千原

制作する裏側においてもパフォーマーの人たちも話し合いをしながら関わっているということですね?

直己

三代目自体が、HIROもメインプロデューサーとして入っているので、メンバーがHIROに意見を集めたり、メンバーが最近感じている感覚を取り入れたりします。

同じダンサーなので、メンバーの気持ちが誰よりも分かる。

千原

HIROさんってダンサーのイメージを変えましたよね。

〝ダンス〟という一つのジャンルの守備範囲を拡張した感じがある。

以前までは「ダンスはメインのバックで踊るもの」というイメージで、踊る場所が限定されていたような気がするけど、HIROさんによってその領域が大きく拡がった。

ステージのメインになることもあれば、歌い手がダンスを身につけることも当たり前のようになっていった。

直己

実際にダンサーがグループのメンバーという形態はEXILEが最初かもしれません。

今も海外プロジェクトがある中で、僕たちのグループのことを説明してもうまく伝わらないんですね。

「理解ができない」というか、そもそも海外にはそういった発想がない。

ダンサーがメンバーであることで、今までになかったアイディアが生まれたり、曲をヒットさせようと練る時に〝身体的なアプローチ〟という幅が広がる。

もちろんボーカルの歌があってこそ、それらは機能するのですが、世界観を伝えるためのヴィジュアルとして伝えやすいのはダンサーだったりするのではないかと思っています。

「ダンサーにはプロデューサーの素質がある」という直己氏の言葉に深く納得する。

しかし、それと同時に「全てのダンサーに当てはまるわけではない」という考えが浮上する。

そしてこの仮説に辿り着く。

「これは、EXILE(J SOUL BROTHERS)に特化しているポイントではないだろうか?」

その中でもとりわけ、直己氏にはその力を強く感じる。

彼の醸す独特の雰囲気(知性、感性、ユーモア)は、そこに答えがあるような気がしてならない。

そして話は2つ目のデザイン(キャリアにおけるデザイン)へ移る。

アーティストとしてのはじまり。

直己

EXILEって最初6人だったのですが今では19名なんですね

一番分かり易い変化というのは、TAKAHIROが参加した頃。

彼は美容師をしていたのですが元々EXILEが好きで、オーディションを受けた時に選ばれて、ある日、EXILEになっちゃったんですよ。

千原

当時、大々的にオーディションをやっていましたよね。

直己

僕の場合は少し状況が違いました。

ダンサーとしてクラブで活動していた時にEXILE AKIRAと出会い、彼と同じダンスチームで踊るようになった。

そこからLDHを知りました。

たまたま別のプロジェクトで、劇団EXILEという舞台公演が立ち上がった。

スタッフとしても、ダンスの振り付けも頑張っているから、と「振付師として入ってみる?」という言葉をいただきました。

千原

J SOUL BROTHERSとしてよりも振付師が先なんですね。

直己

はい。

そこで、一言だけ台詞をもらったんですよ。

千原

何ていう台詞だったんですか?

直己

「手羽先じゃねぇんだよ」

千原

会場www

直己

意味が分かりませんよねw

「どういう状況?」っていう。

千原

確かに、あんまり言う時がないよね。

直己

ギャング集団の一味の役で。

ヒロインの首に腕を回して「へっへっへ、こっちにこいよ」っていう。

それを「やめて!」って言いながらヒロインが僕の腕を噛むんです。

そこで「いてっ!手羽先じゃねぇんだよ!」って。

会場www

直己

ずっとこれまでダンサーとして「どうやって感情を表現していけばいいのだろう?」と思って、言葉のない表現の中で身体性を高めることを追求していた時に、俳優は言葉が使えたんです。

「おもしろい!」と思って、それから芝居というものに惹かれていきました。

実はアーティスト活動よりも芝居の方が先だったんです。

千原

なるほど。

手羽先のおかげだね。

直己

本当、何がどうなるかというのは分からないですよね。

舞台を見ていたスタッフが「グループのメンバーを増やそうと思っている。パフォーマンスを向上させて、もっとおもしろいことができるようなチームにしたい」って。

2007年、NAOKIとして二代目J SOUL BROTHERSに加入。

2年後、EXILEのメンバーとしてアーティストの道がはじまった。

そして2010年───三代目 J SOUL BROTHERSのリーダー兼パフォーマーとして活動が始動する。

千原

じゃあJ SOUL BROTHERSに入る前───手伝っている期間というのはLDH以外のこともやっていたの?

直己

やっていました。

派遣会社に登録をして日雇いのバイトをしたり。

東中野の駅前のスーパーで牛乳売っていたり。

吉野家に行くのがご褒美でした。

全てが順調というわけではない。

壁にぶつかり、それでも諦めずに、目の前にことに集中した。

一つクリアする度にステージが上がり、また新たな壁にぶつかり…。

その連続でここまできた。

その情熱はどこから生まれてくるのだろうか。

直己氏はこう語った。

「忘れられたくなくて」

「自分が元々エンターテイメントの世界に興味を持ったのは、とあるパフォーマンスを見た時で。

それが映画なのかステージなのかは覚えていないのですが、受けた衝撃だけはずっと覚えているんです。

その衝動は〝感動〟という種類のものではなく〝恐怖〟でした。

怖かった。

〝こうなりたくない〟と思った。

それを見た時に僕の心は深く傷ついた。

それは一生消えることのない傷です。

おかしな話かもしれませんが、僕もそんな存在になりたいんです。

つまり、誰かの心にずっと残り続け、忘れられない存在に

アーティストとしての〝小林直己〟の核はここにある。

そして、それはダンサーだけに留まらず、別の領域へと表現の枠を広げている。

直己

今、自分がダンサー以外で主軸を置いている活動があります。

ソロとしては俳優。

Netflixオリジナル映画『アースクエイク・バード』への出演が決定。

製作総指揮は『ブレードランナー』や『エイリアン』シリーズで有名なリドリー・スコット。

直己氏は作品の中で3人の主要メンバーの1人。

『リリーのすべて』で第88回アカデミー賞助演女優賞を受賞したアリシア・ヴィキャンデル、そしてライリー・キーオとラブトライアングルの関係性を展開させる。

華やかなハリウッドデビュー。

千原

すごいね、そんなことになってるの?

手羽先から?

直己

そうなんですよ。

まさか自分の人生で、海外の映画に出るなんて思ってもいませんでした。

俳優業の他にはモデル業───。

Yohji Yamamoto、Y-3、それぞれにパリコレクションでのモデルとして出演。

元々Yohji Yamamotoが好きで、「どうしてもヨウジでモデルをやってみたい」と。

パリに行き、キャスティングオーディションを受けて、計4回ほど出させていただきました。

自分がやりたいことにアプローチをかけて、実際に体験し、キャリアを獲得していく。

ダンサーという枠を超えて、〝表現者〟として直己氏は色鮮やかに輝きを増していく。

自分はこのようにキャリアをデザインしてきました。

「してきた」と、自分の意志によるものだという風に言いましたが、「デザインされた」という表現の方が近いかもしれません。

夢を持つ人たちとの出会いを掛け合わせて、自分だけではなく周りの人を幸せにしながら自分がプロフェッショナルとして、若しくはプロフェッショナルの力を借りながら、自分の夢を叶えていく。

千原

それは直己さんの中心にダンスが───得意なものが1つあることで、他のことも楽しめるんじゃないかな?

僕もグラフィックデザインを中心にやっているのですが、そこにベースがあるから他にやりたいことも出てくるし、「これからはデザインじゃないこともやってみたいな」と思える。

直己

まさに最近、そのことを感じていたところです。

ベースがあるからできることの幅も広がる。

自分は背も高いし、そんなにカジュアルなフェイスでもないし…あ、ここ、笑っていいでんですよw

偏ったイメージを抱かれやすい。

でも、そういう自分だからこそ個性が輝くし、自分にしかできない領域が見えてくる。

ライフデザイン

イノベーティブクリエーション

(革新的なクリエーション)

×

クリエイティブイノベーション

(クリエーションによる革新)

直己

僕はずっとこれを行ったり来たり繰り返していたのだと気付きました。

イノベーティブクリエーション(革新的なクリエーション)で自分をどんどん変えてもらって、自分が変わっていくと、「これもおもしろい、あれもおもしろい」と様々な発想が生まれ、世の中を変える新たなクリエーションを生み出す。

これが自然とループした状態。

それが人生をデザインすること───ライフデザインとして機能するのではないか、と。

千原

この『れもんらいふデザイン塾』も、僕がグラフィックデザイナーであるがゆえに、「専門的なグラフィックデザインの話なのかな?」と思っている人が実は多くて。

デザインに関わらず得意なもので人生を切り開いていく───〝生き方としてのデザイン〟を聴く場所なんですね。

直己さんの〝ライフデザイン〟という言葉はとてもいいなって。

直己

今まで自分はエンタテインメントによって自分自身を変えてもらってきました。

そのエンタテインメントと今このような立場で関わることができています。

人生に〝生きる意味〟というのはないのかもしれません。

ただ、僕は、そこに意味を見出すとしたら「世の中を変えたい」と思いました。