「記憶」という名の詩集


写真家の石川直樹さんの言葉を聴く。

「詩集のようだ」

石川さんの撮った写真に目を凝らし、彼の言葉に耳を傾ける。

そこで紡がれる物語は、小説と詩の間を行ったり来たりする。

一枚の写真を見ているうちに、光景が動き出し、時間が流れはじめる。

肌を突きさす寒さ、チクチクと眩しい光、吹き抜ける風の匂い。

写真の世界に引き込まれ、つかの間の旅をする。

ただただ心地良い体験だった。

今回、この記事をつくる中で、石川さんの言葉を書き起こしながら思ったことがある。

「紡がれた物語を、そっとそのまま並べていきたい」

置かれた言葉を感じて、その世界を旅してほしい。

17歳の頃から旅を続け、いろいろな場所に行った。

アラスカの山を登ったり、

ユーコン川を渡ったり、

一年がかりで北極から南極へ旅をしたり、

ポリネシアの島々を巡ったり、

世界中の壁画を探しに行ったり、

あるいは、昔の建築物───それは有名な建築家が設計したものではなく、地元の人が、そこにある材料で拵えたもの───を見に行ったり、

自分の中に湧き上がってきたテーマを元に、旅をしながら写真を撮ってきた。

それを写真集にしたり、文章にしたり、展覧会を開いたり─── 

それが自分の活動です。

17歳───

高校2年生の夏休み。

1ヵ月間、インドとネパールに行った。

総額12万円、航空機代を7万円、あとの5万円で生活する貧乏旅行。

1泊200~300円の安宿を泊まり歩き、インドで疲弊して、ネパールへと逃れた。

そこで、はじめてヒマラヤを見た。

「空の方向へ、旅ができるんだ」

20歳になり、アラスカのマッキンリーを登った。

6194m。

今では「デナリ」と名を変えた、北米大陸で一番高い山。

富士山が3776m。

それよりも遥かに高い。

「旅をする」ということは水平方向───西へ東へ南へ北へと移動する。

この時はじめて、垂直方向へ移動した。

高山病になった。

気圧の高さや寒さによって、血の巡りが悪くなる。

全身が凍りつくような感覚。

一ヵ月ほどかけて頂上に立った。

晴天の日。

デナリの頂上から望む、美しいアラスカの風景を撮ろうと思った。

凍てつく寒さから身を守るために手袋を三重にして、ゴーグルもはめている。

ノーファインダーで撮ったら、仲間の姿が映り込んだ。

「失敗した」

当時、「せっかく登ったのに」と思っていた。

でも、今振り返ってみると、仲間の姿が映っていることで、あの時の状況を克明に思い出すことができる。

人生ではじめての高所登山だったマッキンリーとの関りが写っている気がして。

「これで、よかった」

この20年間、ずっと旅をしてきた。

それを振り返ったのが『この星の光の地図を写す』という写真集。

20年分の写真

これをつくるのにとても苦労した。

ただでさえ、原稿を早めに書く習慣のない自分が、20年分の写真を整理して本にするというのはすごく大変なことで。

水戸芸術館で展覧会がはじまったのが2016年。

───遅れに遅れて、ようやく2019年4月に出た。

「どれを入れて、どれを外すか」

何千、何万とある膨大な量の中から取捨選択する。

「今までで一番、思い出に残っている場所はどこですか?」と質問を受けることがある。

「〝一番〟なんてない」

どの場所にも思い入れがあり、人生のターニングポイントとなっている。

最初のインドもそう、デナリだってそう、最初のエベレスト、二回目のエベレストだって。

どれを入れて、どれを外すか。

そんなことできない。

「こんなところも歩いて来たし、こういう風に撮ってきたんだ」

今まで、いろいろな場所で展示をしてきたけれど、20年間の写真をこれだけつぶさに「自ら見る」ということはなかった。

人生を振り返るような3年間だった。

写真を撮るということ───

自分の主観ではなく、向こうから飛んでくる球をカメラで受け止めようとしている。

「シャッターを切る」という行為は、とかく具体的な行為で、自分の意識が関わってくる。

無意識(自分の美意識を超えた)で撮ることは決してできない。

例えば、北極圏の写真。

カムチャッカで亡くなった星野道夫さんという動物写真家がいる。

大学生の頃、彼の本を読み漁った。

星野さんは、学生時代にアラスカ北極圏のシシュマレフという村を訪ねていた。

「行ってみたい」

そう思い、行って、写真を撮った。

シロクマの毛皮。

シシュマレフ村に行ったのは十数年前。

地球温暖化の影響で海面が上昇し、波が岸辺を洗って土地が減りつつあった。

岸辺の家が海に落ちようとしている。

そういう風景があった。

数年経った。

今ではシシュマレフ村にはほとんど人は住んでいない。

村自体がなくなってしまう。

そういう状態だ。

写真というのは一期一会で。

撮ることで、風景や光景がそこにあったことが分かる。

写真などに残っていないと、それが〝なかった〟ことになる。

誰も思い起こすことがなくなったり、思い返すことがなくなってしまったり、あるいは思い出すことさえできなくなったり。

旅を繰り返す中で、いろいろなことを思う。

「こういう風景はもうないな」とか「あそこには別の建物がたっちゃったんだ」とか。

だから写真を撮っていて、よかったと思っている。

「すごい写真を撮る」とか、そういうことではなく、「30年後、50年後、100年後にこの写真がどのような意味を持つか」という考えを元に、写真を撮っている。

クジラの顎骨の隣に置いてあった、カヤックの骨組み。

昔はこの骨組みにアザラシの毛皮を巻いて漁に出かけていたという。

こういう風景は、今は見ることができない。

カヤック自体も、動物の毛皮を使用しているものはなくなっている。

シシュマレフ村の沿岸部では、お母さんやおばあさんがアザラシの肉を解体して、その周辺で子どもたちを遊ばせている。

お父さんとおじいさんは漁に出る。

そういう暮らしがシシュマレフ村にはあった。

───今は、村自体が温暖化の影響で土地が狭まり、移住の危機にさらされている。

写真は、光がないと写らない。

グリーンランドのクリスマス。

午前11時頃にようやく明るくなって、午後の2時には暗くなってしまう。

北極圏の冬は日照時間がとても短い。

そこに住む男たちは、昼間から酒を飲む。

昼間が短く、猛烈な寒さのために、やることが限られているからだ。

たった2、3時間の明るい日差しを、みなが愛おしく想って、外に出る。

この時、僕は三脚を抱え、海岸まで走って行った。

日のあるうちに写真を撮りたい。

夜になり、光がなくなっていくとフィルムカメラでは撮ることができない。

それが今回の写真集『この星の光の地図を写す』(リトルモア刊)の表紙にもなっている。

「自分が目にしてきた世界───その写真の地図を編み直そう」

そういう意味を込めて「この星の光の地図を写す」と名付けた。

このセクションは僕(嶋津)の言葉。

石川さんの話は、光景を細やかに描写する。

まるで頭の中で再現されているかのように、その時の体温、複雑な感情、日差しの香り、少女の髪の中の虱に至るまで、緻密に語られる。

解像度が高い言葉で一つの場面に生命を与える。

〝石川直樹〟は写真家であり、小説家である。

写真は不思議だ。

酒のように熟成する。

蒸留したばかりの酒は荒々しくて気が立っている。

それを樽の中に入れて、数年寝かす。

すると角がとれて、まろやかな味わいになる。

時として、写真にも同じことが起こる。

撮った瞬間からドラマティックな写真もあれば、中には何の変哲もない───どちらかというと、くすんで見える写真もある。

それが、時を重ねることで風味が豊かに育まれ、数年後、あらためて見返した時に輝きを増していることがある。

閉じ込められていた物語が、姿を変えて、躍動する。

石川直樹さんは、そんな写真の魅力を伝えてくれた。

写真というものは、もしかすると、長い時間をかけて味わうものなのかもしれない。

長く生きれば生きるほど、様々な質感の感動を体験できる。

写真は宝箱───あるいは、タイムカプセルのようだ。

記憶とリンクした時に、光を放つのかもしれない。

「あえて、この選択を」

イルリサット。

犬ぞりの犬たちがうずくまっている。

人の数より、犬の数の方が多い村。

扇形に配列を組んだ犬ぞりで、猟に出かける。

スノーモービルを使わずに、犬ぞりで猟に出かけていく。

「科学技術が発達していない」とか、そういうことではない。

雪原でスノーモービルが止まってしまうと直しようがない。

そういう理由で、〝あえて〟犬ぞりを使っている。

いまだに世界中にはそういう人たちがいる。

旅を通して、彼ら(彼女ら)に憧れる。

いろいろな世界を周る中で、そのような人たちの文化に惹かれ、敬意を抱く。

一緒に犬ぞりで旅に出た。

犬の足に紐が絡まり、それを解きに行く、犬ぞり使い。

僕はカメラを取り出してシャッターを切る。

蛇腹式の古いカメラ。

露出もピントも手で合わせなきゃいけない。

乗り心地が決して良いとは言えない、犬ぞりを左手で掴んで、右手で撮った。

すごくブレた。

そんな風に写真を撮ってきた。

自分の身体が感動したら、シャッターを切る。

「全て、何でも撮るぞ」

という感覚で。

僕はデジタルカメラをほとんど使っていない。

〝全て〟と言っていいほどフィルムカメラで撮影してきた。

フィルムには、表面に乳剤が塗装されている。

その乳剤が-20~-30℃の環境で変化する。

パリパリになってヒビが入ったり、時々、それが割れてしまったり。

気温の影響で、フィルムが凍りはじめ青っぽく変色する。

そういうのも、そのまま残している。

僕の考え方として───

わからないこと、知らないこと、理解できないことがあった時、自分の目で確かめに行く。

誰かの意見を聞くことも大事だけれど、そこのある状況を自分で把握する。

自分の身体を使って理解しなければいけないと常に思っている。

スマホで検索して出てくる言葉で「知っているつもり」になるのではなく、自分の目で見て、耳で聴いて、身体で感じることで世界を把握していく。

全身で知覚していきたい。

 2000年12月31日、南極点で21世紀を迎えた。

蛇腹式のカメラ。

レンズの取り外しが利かない。

80mmのレンズが固定されている。

これで動物を撮ろうとしても、望遠でうまくやるということは一切できない。

シロクマに遭おうが、アザラシに遭おうが、もっと近い画を撮りたければ、足で寄って行くしかない。

なんとなくズームレンズが好きじゃない。

ズルっぽい感じがして。

足で寄ったり、引いたりする撮り方をしてきた。

だから、当たり前だけど、遠くにあるものは遠くに写っているし、近くにあるものは近くに写っている。

アザラシを撮るのも、セイウチを撮るのも───もちろん威嚇されたりもするけれど、「どこまで近づけるかな?」って。

昔の人の手が残した壁画を辿る旅。

「時間を遡る」ような感覚があって、10年くらいかけて世界各地の壁画を巡った。

ノルウェーのアルタ。

その壁画は海からしか見ることができない。

カヤックに乗り、リアス式海岸の奥へ入って行き、壁画を探した。

その過程で〝サメ〟と呼ばれるノルウェーの先住民と出会った。

トナカイの壁画があった。

写真に収めた後、辺りを散策していると、本当にトナカイの群れが現れた。

ざっくりとした目的地はあるけれど、その周辺を自分の足で歩いて、自分の目で見て、写真を撮っていく。

オーストラリアのアボリジニーの壁画を探す旅。

アボリジニーに案内してもらい、洞窟の中や岩の裂け目に入っていく。

───そこには大きな壁画があった。

目には見えないけれど、昔の人の息遣いを感じる。

一瞬で次元を超えた感覚になる。

流れてきた〝時間〟の中を生きている気がする。

いろいろな旅が自分をつくる一部となっている。

ミクロネシアで体験した、星を見ながら海を渡る航海術。

北極のイヌイットの犬ぞりの技術と同じように、すばらしい人間の知恵。

それを学ぶために、島に長期滞在した。

海の知恵に関心を抱き、さらに先にあるポリネシアの島々を巡った。

雪の降るハワイ。

ハワイ島のマウナ・ケアという山の頂上付近。

冬にはスノーボードができるくらいまで雪が積もる。

常夏の島と思いきや、このような風景がある。

あるいは、タヒチの離島にある刺青の発祥の地。

人口70名ほどの小さな島で、島民はみんな全身にタトゥーが入っている。

ファッションで彫っているのではなく、自分たちの家族の物語───いろいろな伝説を受け継ぐ、伝承の痛み。

あるいは、核実験が何度も繰り返されたクリスマス島。

島の漁師さんの家に居候をさせてもらって滞在した。

あるいは、マンガイア島で迎えた皆既日食。