人生の選択は〝おもろいorおもろない〟


STANDARD BOOKSTORE

大阪の心斎橋にその本屋はある。

扉を開けると、ココロが踊る。

芳ばしいコーヒー豆の香り、新しい紙の匂い、ページをめくる微かな音、そして息をひそめるような静かな吐息たち。

───それらは幸福なざわめき。

ここに集まった者たちが共犯的につくり出す〝静けさ〟が、それらの存在をより際立たせる。

〝協力〟ではなく〝共犯〟という言葉がしっくりとくる。

それは子どもの頃に感じた胸の高鳴りがそこにあるから。

空間の中に彩られたアートワーク───本、雑貨たちは見る者の視界を楽しませてくれる。

無作為に並んでいるようで、〝あるべき場所〟にそれらは置かれていて。

アートワークからアートワークへ、背表紙から背表紙へ、グラデーションで視界が移ろっていくことが心地良い。

〝並んでいる〟中に物語が見える。

ほんの少し、自分の中のクリエイティブを引き上げてくれる。

それは、<陳列と展示の狭間>。

収集したものをカテゴライズし、そこから生まれる関係性に新たな視点が生まれる。

ここに商品を置いた〝人〟が見える。

そんな不思議な本屋。

STANDARD BOOKSTOREは本・雑貨・カフェの店。

2006年の11月に心斎橋に一号店がオープンした。

商品のセレクションに創造性があり、また棚に置いてある本をカフェで読むことができるスタイルは画期的だった。

その〝個性的で、解放された感覚〟に人は惹きつけられた。

その後NU茶屋町店、あべの店、と数を増やしていく。

〝本屋ですが、ベストセラーはおいてません。〟

STANDARD BOOKSTOREといえば、このキャッチコピーが印象的だ。

ユニークでかつ、挑発的な含みがある。

異ノーマル感が内包されたこの一行に様々なストーリーを感じる。

「スタンダード」とは言いながらも世の中の〝スタンダード〟とは逆を向いているんじゃないの?という疑問も含め、この店をつくった人の言葉を是非とも聴いてみたかった。

今回、STANDARD BOOKSTOREの代表である中川和彦さんにインタビューをさせていただいた。

たった一時間足らずのやりとりは〝驚き〟と〝発見〟で満ちていた。

それはインタビューがはじまった瞬間から───。

嶋津

本があり、雑貨があり、カフェがありというお店のスタイルはオープン当初からですか?

中川

開業時から基本的には同じパターンです。

今でしたら当たり前のようになってきてはいますが、当時(2006年)はこのような形態の店はありませんでした。

もともと器を見たり、文房具を見たりするのが好きで。

「本と一緒にこのようなものがあればいいな」と。

そんな発想でした。

嶋津

〝本〟だけに縛られない、という空間。

「本屋は本を売っているもの」という感覚から抜け出すことって意外と難しいと思います。

モデルとなる店が世に出る以前の話だとすれば特に───。

中川

そうですね。

漠然と「こういう店をしたい」っていう話を出版社の人間や友人によくしていたんです。

あまり共感は得られなかったけど、「オレみたいな感覚の奴がどこかにいるだろう」と思っていました。

嶋津

なんというか…外側の発想ですよね。

書店業界の中に馴染んでいればなかなかこのようなアイディアは出ないような気がします。

コロンブスの卵のように、形になれば簡単な話なのかもしれませんが。

中川

僕、実は本がめちゃくちゃ好きだったわけではないんですね。

嶋津

え!?

中川

以前は百貨店で本屋をやっていたんです。

人は〝思い込み〟の生き物だ。

本屋は「本が好きな人」が経営するものだと疑いなく考えてしまう。

それがすばらしい本屋ならばより一層のこと。

中川さんが本屋という仕事に就いたきっかけは、中川さんの父が営んでいた百貨店の本屋を継いだことから。

自ら望んでこの職に辿り着いたわけでなく、むしろその瞬間はあまりにも唐突に、そして暴力的に訪れた。

中川

ある日、母親が僕を呼びだしてね「お前には言うておくわ」って。

「お父さん、癌や」

脱サラして百貨店で書店を開業した父親。

夢新たに、第二の人生を歩み出したその最中のことだった。

中川

父は僕が大学に通っている途中で脱サラして本屋をはじめたんですね。

僕ら家族もびっくりして、「えー?何考えてんの?」っていう感じで。

しかもその直後に体の調子が悪くなって。

「え?ちょっと待って……これ死ぬんちゃうん?」って。

宣告を受けたのは余命三ヵ月。

嶋津

まだ大学在学中ですよね?

その時の心境はどのようなものだったのでしょうか?

中川

自分の人生にそういう展開がくるとは思っていませんでしたから、それは驚きました。

「おいおい、こんなんテレビでもよくあるよな!」って。

僕、長男なんですね。

「ちょっと待てよ、これ親父が死んだらひょっとしたらオレが本屋やらなあかんのちゃうのん?」って。

嶋津

突然の事業継承。

中川

絶対嫌やんけ!ってwww

嶋津

嫌だった?ww

というか、確かにそうですね。

もともと経営者の息子として育てられたわけではないですものね。

〝心構え〟の期間が短い。

中川

だから本屋という職に就いたのは親父がやっていたから仕方なく。

僕しか継ぐ人間がいないからやっただけで。

借金もたくさんあったので継がざるを得ない状況でした。

嶋津

やむなく進んだ道だったんですね。

中川

三ヵ月と言われたけどなかなか死なないんですよ、これがまた。

どうなんの?どうなんの?どうなんの?って。

そこからずっと「親父、いつ死ぬんやろ」って思って過ごしていました。

三年ほどして中川さんの父親は亡くなった。

書店業界という枠の外にいる存在。

中川さんは完全に外側の人間だった。

新たな発想はいつだって外側から生まれる。

運命は業界に異端児を産み落とした。

父親を亡くしたのは、中川さんが26の年になる頃───。

百貨店では20代そこそこの若者が社長になるということは異例中の異例だった。

よほど大きな会社の御曹司以外ありえない話だ。

「こんな頼りない奴大丈夫か?」

周囲の目はそう物語っていた。

百貨店のことも知らないし、商売のことも知らない。

本屋のこともほとんど分かっていない。

父親の片腕のような存在だった人まで離れていった。

文字通り孤立無援の状況だ。

中川

周りは「この会社大丈夫か?」みたいになるわけですよ。

基本的に百貨店側から見ればうちの会社は「ほんましょうがないなぁ奴やなぁ」という感じですよ。

そんな空気の中、僕が「こんなん(カフェ付きの本屋)やりたい」とか言うものだから、もう呆れてましたねww

嶋津

百貨店は〝町の本屋〟よりもずっと規律が厳しいイメージです。

中川

縦割社会です。

雑貨を書店に置くという発想は理解できたとしても、他店との兼ね合いなどもあり物理的に難しい。

百貨店では中川さんの理想の店は実現できなかった。

ただ「いつかあんな店をやりたいなぁ」というのは頭の中にあった。

それからしばらくして中川さんは定点観測のために定期的にアメリカへ行くようになる。

そこでの体験がSTANDARD BOOKSTOREの核を形成していく。

※定点観測…変化のある事象について、一定期間、観察や調査を続ける事

中川

向こうにはバーンズ・アンド・ノーブル(Barnes & Noble, Inc.)という全米一の書店チェーンがあって。

そこには必ずスタバがついていたんですね。

〝カフェのくっついている本屋がある〟という話は聞いたことがあって、「それを見たいなぁ」と。

カフェで本を読んでいる人たちを見て感動する。

買わなくてもカフェエリアで本を読めるというのは画期的だった。

中川

簡単に言うと向こうのスタイルをパクッてやっているわけですよね。

当時の日本にはスタバさえなかった。

そもそも、あのようなエスプレッソ系のアレンジコーヒーを出す店も珍しかった。

だからその光景を見た時は「これいいよな」と思いましたね。

嶋津

日本にはまだ喫茶店しかない時代ですよね。

中川

そうですね、〝カフェ〟っていう言葉もあまり聞きませんでした。

そこから数年後───

2006年、百貨店と並行してSTANDARD BOOKSTOREはオープンした。

中川

最初はチェーンストアを目指していたんです。

名だたるチェーンストアがこぞって参加しているセミナーに通いました。

誰もが耳にしたことのある大型の企業は軒並み見かけました。

そこで教えられたことは、チェーンストアをするなら基本的に〝200店舗ないと駄目〟ということ。

少なくとも200店舗ないとご利益は出ないわけです。

ご利益がなければ世の中のためにもならない。

セミナーで知り合った人が中川さんの店を見に来たことがあった。

「よくこんな店をやっているなぁ」と驚き半分、呆れ半分。

それもそのはず、STANDARD BOOKSTOREはチェーンストアと真逆のことをやっているのだから。

中川

ジキルとハイドのようなもんですよね。

嶋津

確かに、チェーンで成功するということはマニュアルがきっちりしていないといけない。

でも中川さんのお店って自由で多様性に溢れているww

中川

チェーン展開して成功すれば漠然と「世の中のためになるんだろうな」と思っていたんです。

でも、だんだん違うような気がしてきてね。

飲み食いするのは好きだけど、「ファストフードとか大丈夫なの?」とか「そもそもコンビニで売っているようなものってどうなんだ?」っていう疑問が出てきた。

それで行かなくなったんです。

STANDARD BOOKSTORE

〝STANDARD〟は〝標準〟を意味する。

かといって、STANDARD BOOKSTOREは〝世の中の標準的な書店〟ではない。

僕はここにある仮説を立てた。

中川さんの名付けた〝STABDARD〟は〝未来〟に対する志なのではないか?、と。

中川さんの話に耳を傾けていて気付かされることは〝自由〟に対するナチュラルな感覚だ。

言葉の節々に〝自由〟を愛し、〝自由〟に憧れ、〝自由〟と共存する姿が見て取れる。

〝自由を宿す未来〟───自由な感覚を尊重する世界にこそ〝STANDARD〟であるべきなのではないか、と。

嶋津

〝本屋ですが、ベストセラーはおいてません。〟というキャッチコピーが印象的です。

本や雑貨のセレクションは中川さんですか?

中川

全くというわけではないですが、ほとんどやっていません。

99.99%やっていないですw

嶋津

それではセレクトされるのは?

中川

スタッフがやっています。

最初は僕がやっていましたけどね。

ただ、書籍担当者の楽しみは本を選んだりとか、並べたりすることなので、その仕事を奪うのは良くない、と。

「これを入れろ」と物が送られてきて並べるだけというのはやりがいがない。

担当者の仕事の喜びを奪ってはいけない。

嶋津

選んだり、陳列するところにクリエイティブが生まれます。

一応、枠のようなものは作っていらっしゃるのですか?

〝STANDARD BOOKSTORE〟というイメージのための外枠。

色んな担当者さんがいたらイメージと合わないものが出てきたりしそうですが。

中川

出てくることもありますが、でもそれを「この枠で」とは言えない。

言えたとしても〝なんとなく〟でしか言えませんよね。

嶋津

僕はそこがすごくおもしろいなと思っていて。

枠を作らないけども、「枠を作らない」ことがSTANDARD BOOKSTOREのカラーになっている。

中川

そもそも僕自身、人にごちゃごちゃ言われるのが嫌なんですwww

だからスタッフに「あれせぇ、これせぇ」っていうのはできるだけ言わない方がいいと思っています。

ものすごく大層に言えば、〝自由であること〟が大事だと思っているんですよね。

曖昧ですが、〝自由な雰囲気〟というものが出ればいいかなぁ、と。

嶋津

ある程度、自分の意志が尊重されるべきだ、と。

中川

そっちの方が働いていてオモシロイでしょ。

イメージはめちゃくちゃ長いリードを僕が持っていて、皆が動ける範囲はかなり自由になっている。

「ちょっとおかしいな」と思ったら、手綱をキュッキュッと引くくらいで。

それをやっているうちに、よっぽどの人間でない限りスタッフも「ああ多分これはやったらダメだな」とか考えてくれるでしょう。

だから〝OK〟と〝NG〟の境界線はぼやけていていいと思うんですね。

何が良いのかは明確に分からない。そんなのはこっちだって分からないですしね。

嶋津

ぼやけている方が遊びの部分が多い、と。

中川

そうですね。

あんまり細かいことはいいかな、と。

そもそも無理なんですよ、本なんて。

だって毎日増え続けるんですよ?

それなのに無くなっていくアイテムってほぼない。

古事記や日本書紀からはじまって、今出てきた本まで扱っているということなんです。

もちろん絶版とか在庫がない商品というのはありますけど、でも問い合わせは入ってくる。

考えてみれば異常な商売なんですよ。

そもそもきっちりと決めごとを作る方が土台無理な話なんですよね。

本屋という〝場〟。

中川

そもそも本屋って何も買わなくてもふらっと入れるという特殊な形態じゃないですか?

買わなくても罪の意識がない。

立ち読みをしていてもいいし、店員がすり寄ってくることもほとんどない。

で、立ち読みだけして買わずに店を出ても罪悪感はありませんよね。

服屋さんだったら声をかけられたとしたら出ていく時に少なからず〝なんか嫌な感じ〟が残ってしまう。

嶋津

言われてみれば確かにそうですね。

中川

本屋って、そういう煩わしさが全くないすばらしい商売だと思うんです。

経営はしんどいけどね、〝場〟としてはすばらしいと思うんです。

だからそういう〝誰でも入ってきやすくて、誰でも出ていける〟ような雰囲気をできるだけ損ないたくない。

例えばカフェにしても…

STANDARD BOOKSTOREのカフ