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今を生きる「私」が生き抜くための武器


今回の記事は読みごたえのあるものとなった。

インタビューの相手は教育者の杉本哲也氏。

ベクトルを子どもに向けるだけでなく、大人に対してもアプローチををかけていくべき問題が「教育」。

杉本氏の考えは非常にシンプルで尚且つ実践的だ。

子どもたちの心の豊かさを育てるだけでなく、実社会に出た時に役に立つスキルまでを明確に示してくれる。

理想論ではなく、生きる糧となる「教育」。

ここ数年で社会は大きく変わった。

皆が同じ方向を向きそこにエネルギーを注ぐことで生産性が上がっていた社会から、あらゆる問題に対して答えが「一つ」ではなくなってきた多様性に富んだ今の社会。

「皆と同じ」はもはや幻であり、これから求められるのは誰にも真似できない「個性」。

杉本氏は社会の流れを読みつつ、資本主義の原理から問題解決の策をあぶり出す。

「一身独立」

自分の身を自分の力で立てていくことがいかに重要か。

そして「一身独立」がひいては「一国独立」に繋がる。

これらの言葉たちは、現代を生きる私たちにとって「これからの社会を生き抜くための武器」になるだろう。

《杉本哲也》

昭和54年3月 大阪府生まれ

京都大学大学院工学研究科修了

味の素株式会社、松下政経塾、衆議院議員政策秘書を経て、

現在、家庭教育や幼児教育、保育、食育の講演に携わる

NPO法人大阪府木村式自然栽培実行委員会副理事長

 

嶋津

プロフィールを見せて頂きますと、幅広く活動されていらっしゃいますね。

私は以前、杉本さんの《日本の未来予想図》と題した講演を受けました。自然農法にも造詣が深いですし、知識と経験値が多くて実際のお仕事が何なのか分からないほどでwww

杉本

本業は教育に関する講演家です。

9割方は保護者対象の子育て講演、そして保育園や幼稚園の教員に向けた研修の仕事です。

残りの1割は頼まれて企業の社員研修をしたり、また衆議院議員の政策秘書の経験を活かし選挙の指導などをすることもあります。

嶋津

他の活動は全てボランティアですか?

杉本

はい。一切お金は頂いておりません。

私が取り組んでいるボランティアは大きく分けて4つ。

一つ目は「道頓堀の掃除」。毎週土曜日の朝6時半から街中を掃除します。

二つ目は「子ども食堂」。パナソニックのお膝元である門真市で、家庭状況の厳しい子ども達を対象に行っています。

三つ目が「寺子屋」。八尾の市議会議員の先生の家の敷地(八尾南)を借りて、その先生と一緒にやっています。

四つ目が「農業」。映画『奇跡のリンゴ』のモデルにもなったリンゴ農家の木村秋則さんの自然栽培農法を普及する団体の役員をしています。

嶋津

今日はそんな杉本さんの幅広い活動を伺いながら現在への道筋を紐解いていきたいと思います。

大学院を卒業されて味の素に入社していますが、最初から教育者の道を進むつもりではなかったのですか?

杉本

ちょうど私が大学生の頃に島津製作所の田中耕一さんがノーベル賞を受賞されたんです。

それまでは理系のノーベル賞受賞者といったら大学の教授だったんですね。ところが田中さんは島津製作所に勤めながら、ノーベル賞を受賞された。これは非常に大きな出来事だったんです。

「これからは企業に勤めている人間もノーベル賞が狙える時代に入ったのではないか」と。

そのような風潮が業界に流れました。私も「研究者をするならば頂点を目指したい」と思っていましたから「企業に入って、ノーベル賞を目指そう」と。

頂点を目指すために。

杉本

私の出身は工学部工業化学科なのですが、ここは一般的に工場の最適化や生産工程におけるスケジューリング、あとは生産工程の中の化学反応の生産率をよくするためにどうすれば良いかとかなどを考えるところなんですね。例えば車を作る工場で「車の台数を効率よく作るためにはどうすればよいか」といったような。

だから研究をどれだけ深めても、実用的な研究なのでお金儲けには繋がってもノーベル賞には結びつかない。

嶋津

人類の未知の世界へ繋がる分野ではなかった、と。

杉本

田中耕一さんがノーベル賞を取ったことでそのような気運が高まり、京都大学に国際融合創造センターという研究所が建てられました。ざっくり言えば「色んな分野の研究をここでまとめましょう」というようなテーマの研究所です。

希望したこともあり、私もそこの研究室に入ることができた。出向した先がES細胞といって、今だったら山中教授のIPS細胞や小保方さんのSTAP細胞などの、ああいった新しい細胞の世界。いわゆる再生医療で使えるような細胞研究をする部署。

そして再生医療の細胞の分野で山中教授がIPSでノーベル賞を受賞しました。僕もES細胞の研究をしていて、「生物分野でのゲノム創薬など、そのような研究を深めていけばノーベル賞は有効だ」という話がありました。

嶋津

工業における生産性を上げる分野から生物の細胞研究に鞍替えしたのですね。

そして、味の素へ入社、と。

杉本

味の素では、私の希望で生物系の研究所に入ることになりました。

工学部出身だけど、「研究者として生きていきたい」という気持ちがありました。それもノーベル賞を狙うような「人類にとっての何か新しい発見を」という意味合いで。

普通、企業というのは「採用枠」というものがあります。基本的には出身の学部によって枠の数が決まっています。私は、味の素の中でアミノ酸や創薬を扱う基礎研究といわれる部署を希望したのですが、私のような工学部出身の人間など募集はしていなかった。

私が強く希望するので、会社としても「どうしよう」という話になった。私も生物についての詳しい話をできるわけもなかったので、面接の時には京都大学アメリカンフットボール部(以下、京大アメフト部)の話をしました。自分が大学のアメフト部で「どうやって日本一を目指して頑張れたか」という話を。採用枠はないけど「人間としてはオモシロイ」と判断してもらって、採用して頂きました。

嶋津

人間性のオモシロさですねw

「何で工業化学科の君がこの部署に?」というのと、その問題をアメフト部の話でプレゼンするというww

杉本

ところが会社に入ってみたら違和感があった。会社の中の研究所というのはどうしても会社が儲ける為の研究になる。そのギャップがどうしてもあった。

それがおもしろくないと思い、そんな採り方をしてもらったにも関わらずたったの1年10ヵ月で退社することになります

嶋津

思い描いていた世界とは違ったということですか?

「人類のための細胞の研究」というよりもビジネス重視だった、と。

杉本

「お金儲けに繋がらないと…」と。その前提で研究を求められる。

今でいうと「癌マーカー」。血中の血液を採取して、そこから癌かどうかを診断するもの。例えばγ-GTPが高かったら、「肝臓がちょっと病気になっているんじゃないか?」とか、アミノ酸の値をみて「あなた大腸癌になっていませんか?」など。そういう指標を作る研究をしていました。

ところがそれは患者さんのためかといえばそうではなく、究極的には味の素のアミノ酸の薬を買ってもらうためなんですよ。だからアミノ酸の血中濃度を使うんですね。そういうのが僕の価値観に合わなかった。

嶋津

仕組みに納得がいかなかった、と。

杉本

そうです。ただ今だったら分かるんですよ。資本主義の原理や株式会社の原理を考えれば当然のことなのかもしれません。

ところが当時は私も「馬鹿」がつくほど真面目だった。正義感に溢れていたので、そういうことを受け入れることができなかった。理想と現実のギャップに悩まされました。

教育を志した松下政経塾。

嶋津

退職された後、松下政経塾に入塾していますね。そこには何か特別なお考えがあったのでしょうか?

杉本

それは、「結局はなぜこのような世の中になっているのか」と。

味の素に入った時に、「最も問題視されるべきことは教育なのではないか」という風に思ったんです。それで「一から勉強したい」と。

国の根本である教育を正したいという想いがあった。

政経塾の面接では「ここに入って何がしたいんだ?」と聞かれました。

だから私は、「将来、全国の国立小学校の月曜日の一時間目は『武士道』という時間にしたい、この日本で」と言いました。

嶋津

武士道ですか!これまたオモシロイ発想ですね。

杉本

今では稚拙だと思いますが、政経塾を受けに来る人って結構漠然とした人が多いんです。

「日本をよくしたい」とか、「じゃあどうやって良くするの?」と聞かれても具体案がない人は落とされる。スローガンだけではダメなんですよ。具体的に「こういうことをやりたい」というものがある人間でないと入れてもらえない。

「月曜の一限目を『武士道』にするかどうかということが正しいのかは分からないけども、それを含めて入って勉強しながら考えろ」と言ってもらえました。

嶋津

もともと教育に興味があったというわけではなく、味の素に入った時に起きた違和感からのスタートだったのですね。

杉本

政経塾に入る前までは、「超」がつくほど私利私欲で生きる人間でした。つまり「自分の出世意欲」だけで生きる人間。

今でこそとことんボランティアをして世のため人のためという想いがありますが。「昔はいかに自分が出世するのか」というところがありました。

アメフトを通して培ったもの。

嶋津

味の素の面接時にも出てきましたが、京大アメフト部のお話を聞かせていただけますか?

先ほど「私利私欲で生きる人間だった」と仰っていましたが、部活動もある種のステータスとしての選択だったのでしょうか?

杉本

現在では西宮ガーデンズというショッピングセンターになっている場所ですが、当時そこは阪急西宮スタジアムがありました。

私が入った頃というのは関西学院大学(関学)と立命館大学(立命館)と京都大学(京大)が三強と言われていて、関学対京大の試合になるとスタジアムには4万人の観客で埋め尽くされる。

大学に入った時、先輩から「君も4万人の前で注目を受けながらフットボールをやらないか?」というお誘いがあり、「それいいな」と思ったんですね。

嶋津

4万人から熱烈な視線注を浴びたい、とww

アメフトは大学からですか?

杉本

はい。中学・高校時代はバスケットボールをしていました。「やっていた」と言っても今考えれば弱小チームです。大阪府の大会でせいぜい3回戦4回戦レベル。

ところが大学に行くと、そこでは日本一を目指している環境だった。関西オールスターにいましたから日本のトップレベルです。

また社会人でも前年度に日本一になったアサヒ飲料チャレンジャーというチームにいて、日本人初のNFL選手である中村多聞さんという人がいた。NFLというのはアメフト界では世界最高の舞台。その世界を見てきた人と一緒にプレーをしていた。そこから学んだものは大きい。

バスケットボールをやっている子どもたちにスポーツの哲学について話したことがありまして。僕はアメフトですが同じアメリカンスポーツだから共通するところはたくさんあります。「一流の選手はこういうところに気を遣っているよ」と。

生活習慣の力

杉本

例えば、プロ野球の監督に「一軍と二軍の違いは何ですか?」と聞きます。その答えが非常に興味深い。

もちろんそれは「技術の差」なのですが。ではその差はどこに現われるか分かりますか?実は非常に簡単なところに現われるんです。

イチローが一番気を配っているのが生活習慣です。毎日同じことを繰り返す。ルーティンです。

社会人になったり、プロの業界に入れば、飲みに行ったりして夜遅くなることが多い。だが、一流の選手は「朝起きる時間」というのを毎日同じにしている

寝る時間を誰かに決められているケースはあったとしても、起きる時間は絶対に自分で決めることができるんですね。つまり、自分でコントロールできるんです。

飲みに行ったからといって起きる時間を遅らせるということは他人に人生を委ねていることになる。

嶋津

「人生の主導権は自分で持つ」という事ですね?

杉本

そうです。

プロ野球においてもそれが技術やメンタルに出てくる。二軍の選手は一生懸命やっているけどもその辺りにブレがある。前の日のことが影響して寝坊したり、単純に遅刻したりすることで信用も失う。そんなことをしていたら当然、いくら技術が高くても「ちょっと試合には使えないなぁ」と。チームスポーツですから当然のことです。

これは宝塚歌劇団の方々もそうで。ラインダンスといって横に一列に並んで踊るものがあります。一列目で踊る一軍の子と、二列目の二軍の子がいる。そして一軍の中でもセンターを飾る子がいる。

「そこの違いは何ですか?」と聞くと、答えはやはり生活習慣なんです。生活習慣をきちんとしている子が一列目にくる。後ろの二列目にいる子というのは、比較的に生活習慣が乱れやすい子なんです。

例えばこの話を保護者講演でしますよね。「習い事をさせたい」と思っている親御さんはたくさんいます。野球選手になりたいからといって少年野球に入れたり、サッカー選手になりたいからサッカーチームに入れたりするよりも、何よりも先にすべきことがある。それが「生活習慣を整えてあげなさい」ということ。

〈《日本の未来予想図》の講演の模様〉

嶋津

《日本の未来予想図》の中でも「一身独立」、つまり「個人の独立」について話されていました。そこへ繋がりますね。

そこには時代性のようなこともあったりするのですか?江戸から近代、そして現代に移り変わる中でライフスタイルや政治が変わってくる。その流れの中で環境も変わってきた。その中で現代にくるにつれてブレが生じていると感じることもあるのでしょうか?

杉本

司馬遼太郎の『坂の上の雲』では一巻二巻の主人公は秋山兄弟(好古・真之)ですよね。兄の秋山好古は日露戦争の時に「コサック騎兵を破る」という偉業を成し遂げた陸軍の大将です。彼が陸軍を引退した後に何をしたのかといいうと松山中学校の校長先生になったんですね。今は松山北高校になっていますが、当時の松山中学校。そこの一室が資料館となっていて秋山好古に関連する書類が沢山あります。

そこに、当時の陸軍士官学校の授業風景というのがあってそれが実に興味深い。写真の中に並ぶ若者たちは皆、背筋をしっかり伸ばして前を向いている

明治時代はみんな腰骨を立てて授業を受けていたんですね。

これが大正時代に入れば少し緩んでいる。昭和に入ると姿勢がよりぐずぐずになっている。

要は「腰骨を立てる」という習慣の差なんですよ。時代と共にその習慣が乱れてくると、面白いことに日本の国情が乱れてくる。

幼児教育で、生活習慣について話すことがあります。

森信三先生という教育哲学者がいますよね。森信三先生の三つのしつけ、あと「立腰」ですよね。これを徹底するというのが家庭にとっても一番大事ですよ、という話をするんですよ。

《しつけの三原則》

(一) 朝のあいさつをする子に。

(二) 「ハイ」とはっきり返事のできる子に。

(三) 席を立ったら必ずイスを入れ、ハキモノを脱いだら必ずそろえる子に。

嶋津

些細なことでも全て繋がっている。そういった小さな行いができなくては、大きいことは決してできない。

杉本

時代に関係なく、人間としての基本というのは生活習慣なんです。江戸時代やそれ以前というのは、言われなくとも当たり前にやっていた。

嶋津

武士道という話も出ましたが、どうしてその当たり前にやっていたことができなくなってきたのでしょうか?

杉本

結局、平和ボケです。生物は緊張感がないとダメなんですよ。

中江藤樹がいた江戸時代には元和偃武(げんなえんぶ)という言い方をしました。要するに戦国時代から関ヶ原の戦いで戦国の世が終結した。

それから武器をおいて、「これからは武力ではなくて知力だ」という形で中江藤樹のような教育者が寺子屋をはじめる。

それでもまだ、士農工商という身分制度があり、やはり身分が上の人間から斬り殺されることもある世の中だった。今よりは多少緊張感を持ちながら生きていた。

今の日本は緊張感が無さ過ぎる。緊張しなくても生きていけますから当たり前のことかもしれません。

嶋津

鎖国から開国することでヨーロッパ型の文化が入ったり、大戦後にアメリカ型の文化が入って来たりということも関係しているのでしょうか?

杉本

多少はね。ただ、文化が流れ込んできたと言ってもヨーロッパ自体が乱れているのかといえばそこまで乱れていない。ヨーロッパのものが入って来たから悪いというわけではないと思うんですよ。

嶋津

その平和ボケから目を覚まし、もう一度腰骨を立てるために必要なことはなんでしょう?

杉本

気付いた人間がやるしかない。国でそういう政策をとろうと思っても、それは難しい。

私が衆議院の政策秘書をしていた時、当時の文部科学大臣は下村博文氏でした。その時、「人格教育教養議員連盟」という名前の議員連盟を発足しようとしたわけです。要は「人格を高めましょう」という。いわゆる道徳教育に一番関心のある議員が超党派で集まった。自民党、維新の会、みんなの党、公明党、あと民主党もいました。

比較的「道徳」や「しつけ」に興味を持った議員たちが集まりました。田口義文さんという古典の先生を講師に招き、四書の『大学』の講義をして頂いた。議員が80人集まり、私たち秘書が準備をする。

すると田口先生が講義している最中に、電話がかかってきて何度も外に出たりする議員や、極端に姿勢が悪かったり、中には半分寝ているような議員もいる。

議員会館の勉強会ではペットボトルのお茶が配られるのですが、講義が終わって皆が退場すると机の上には飲みかけのペットボトルや空になったまま置きっぱなしのものがある。椅子を元の位置に戻している人の方が少ないくらいで。それを秘書の私たちが片づけをするのですが。

いやいや、「道徳教育を広める前にまずあなたたちが三つのしつけをしろ」と。

嶋津

議員さんがそれだと説得力がないですね

杉本

そうです。国の中心がこのような状態ならば、子ども達にいくら国が政策として「三つのしつけ」や「道徳教育が大事だ」と言っても誰も話を聞くわけがない。

そういった意味で国の中央は今体たらくです。だから私は国の力や政治の力でどうにかできるとは全く思っていなくて。現場の先生に話をして、「あなたたちが日本の教育の生命線なんだ」ということを伝えています。だから職員教育をしている理由はそこにあります。

もう一つは寺子屋をやっています。

最初は八尾南で「河内種まき寺子屋」という名前ではじめました。

今で二年くらいですが、河内種まき寺子屋をはじめて一年経った頃に尼崎と奈良で同じ方式の寺子屋がスタートしました。尼崎は「尼崎種まき寺子屋」、奈良県の広陵町は「ヤマトタケノコ寺子屋」が。

寺子屋をやる時には必ず、森信三先生の立腰と三つのしつけをセットで「四つのお約束」というのを作っているんです。

「腰骨を立てましょう、自分から挨拶をしましょう、名前を呼ばれたら返事をハイといいましょう、靴を揃えましょう、椅子を入れましょう」

どの寺子屋でもこれをきちんと唱和してからはじめます。

これを三宮、京都、また東京の知人が寺子屋に興味を持ってくれて。「自分も寺子屋やりたいなぁ」とか言いはじめ、「それじゃあ実際に寺子屋やったら?」と。「種まき寺子屋」という名前には、「たんぽぽの綿毛が飛んでそこに根付いて花が咲くように様々な場所に種を飛ばす」という意味が込められています。

自発性を伸ばすコツ。

嶋津

子どもっていうのは、ただ大人から言われるだけではやらないと思うんですね。「やりたいな」という姿勢がないと成立しないものだとは思うのですが、その自発性を促すコツのようなものってあったりするのですか?

杉本

倫理法人委員会では役員朝礼というものがあって、役員が朝礼をします。セミナーをする前に、お迎えをする練習ですね。いわば、場づくりです。

場を作ってしまえば子どもたちは自然とそこに乗っかる。つまり、いかに腰骨を立てる雰囲気を作るかなんですよ。

子どもたちがやらないのは、私から言わせれば大人が甘い。「子どもにやらせよう」と思うからダメなんです。自分たち自身が先に徹底的にやってしまったら、子どもたちはそれを真似しますから。

嶋津

環境を作ってしまえば自然と子ども達はやるようになる。

杉本

ただそれだけの話です。

先ほどの話と関連するのですが、一軍選手と二軍選手の違いは生活習慣だったわけですが、次は強いチームと弱いチームの差は何だと思いますか?

例えば高校野球。一回戦で負けるようなチームもあれば甲子園で優勝するレベルでやっているチームもある。同じ高校野球といってもピンからキリまでレベルが違いますよね。

同じ野球をやっているのになぜ?同じ高校生、体格の差も知れています。人間としてもそれほど変わらない。「良い人材を集めているからだ」と言ってもそこまで差が出るものなのでしょうか。

嶋津

確かに。同じ年代の子たちですものね。

杉本

何が違うのか。

それは基礎練習の量なんです。強いチームほど基礎練習の時間が長い。野球部で例えると、強いチームほどキャッチボールや素振りの時間が異様に長い。反対に弱いチームはゲーム形式の練習が多いんです。

結局、全てのプレーというのは基礎の訓練の組み合わせなんですよ。基礎のプレーをいかにミスをせずにできるか。つまり、高いレベルでできるかということを徹底している。

それは鍵山秀三郎(イエローハット創業者)さんの言うところの凡事徹底みたいな話で。

アメフトでもそうです。京大アメフト部がなぜ強かったのかというと、一部リーグは8チームいます。

関西では、当時は関学、立命館、京大の三強と他の五大学があった。オールスターで練習をした時に分かるのですが、三強のチームは基礎練習をとことん正確に、しかも徹底してやっている。

嶋津

徹底した基礎練習量の差、ということですか?

杉本

そうです。それだけです。

量を重ねることによって高いレベルになっていく。

嶋津

量が質に転化していく。

杉本

甲子園で強いチームを見ていたら役割がはっきりとしている。

一人目がいかに出塁するか。これはデッドボールでも良い。とにかく出塁をするということ。そしてランナーが出たら二人目はバントで確実で送る。ここで送れなかったら点に繋がらない。バントというのはバッティングではないから誰でも練習すればできるようになるんです。つまり基礎の基礎です。目の高さにバットを合わせて、僕も小学校の時に習いました。

それを本気でやっているチームはやっぱり送りバントが確実なんです。

守備でも正確にボールを捌く。目の前に飛んできたゴロをちゃんと捌く。ヒットは仕方がないが自分の守備範囲の球はミスをしない。

ヤクルトの元キャッチャーの古田敦也氏が言ってました。

「ホームランを打たれるのは仕方がない。ホームランバッターにはその試合で一本くらいホームランを打たれても仕方がない。そんな気持ちでやっている」と。

それでも打率は3割なんだから10回やったら7回は勝てるわけですよね。たまたま一本が出てもそれは仕方がない。

完封しようだなんて最初から気負っていても無理なものは無理で。打たれる時は打たれたら良い。だけど一回打たれたら二度と同じことをやってはいけない。つまり、繰り返してはいけないということ。

嶋津

あらゆる職種に言えることですよね。

杉本

武道や芸術における守破離という言葉と同じです。

千利休の歌にも出てきます。

「規矩(きく)作法 守りつくして 破るとも 離るるとても 本を忘るな」

まずは型を守るというのは、日本の伝統的な精神なわけですよ。

話術の極意、それは自分を消すこと。

嶋津

僕が最初に杉本さんと出会った時、1分スピーチをされていました。「オモシロイ人だなぁ」というのが印象的でした。1分でも、いや、少し話すだけでその人が「オモシロイ人」なのかどうなのかというものが分かる。内容ももちろんなのですが、その話術はどのように習得されたのですか?

杉本

松下政経塾に入った時に落語研修がありまして。

嶋津

落語ですか。それは表現力を磨くという意味で?

杉本

そうです。いわゆるレトリック。自分の言葉でどう表現するかということの一環で。

一日目に師匠に稽古をつけてもらい、基本的なことを教えてもらう。

上下(左右を向いて人物を分ける立ち位置)があって、どちらに身分高い人がいて、こっち向いて喋るとか、そういう基礎的なことだけ教えてもらう。

そして師匠が録音したテープを一本ずつ渡されて、「来週までに覚えてこい」と。それを聞きながら、一言一句文字に起こして、あとはYouTubeなどを見ながら身振り手振りを真似をしたり、イメージトレーニングをしたり。次の週にそれを師匠の前で演る。そしたら師匠が、「この作品にはこういう背景があってこの作品が作られているから、もっとこうしなさい」と指導してくれるんです。

私のネタは『子ほめ』というもので。はっつぁんという男が、出産のお祝いに参加してただ酒を飲もうという魂胆で子どもが生まれた家庭を訪れるのですが、うまく褒めることができないというネタです。ご隠居から褒め方を教えてもらったはいいもののうまくできないわけですよ。褒めるのを失敗したのを子どものお父さんが「もう帰ってくれ」と言うのですが、僕ははじめ怒っている仕草で演じていた。すると師匠から注意された。「違う、これは呆れているんだ」と。

この落語の背景を教えてもらい、最後にこう言われました。

「客はお前の喋りを見ているんじゃない。ネタを見に来ているんだ」と。そして、「お前を出すな」と言われたんですよ。「子ほめを演じているお前ではなく、子ほめというネタを見てもらいなさい」と。

嶋津

「自分を消す」ということですね。

杉本

「自分を消して、ネタに徹しろ」と。そこで「自分を捨てる」という事を覚えたんです。

最終的にはお客さんの前で高座に上がりました。『子ほめ』で私が先頭バッターに立った。殿(しんがり)には『ちりとてちん』や『長短』など笑いの量が多いネタが控えています。その人たちに面白いところを残しておかないといけない。私が笑いを取り過ぎると客が疲れるから駄目なんです。だから「余分なネタを入れるな」と言われている。

「お前は初っ端なのだから場を温める役目だ」と。それこそ先頭バッターが出塁するようなもので。先頭バッターにはデッドボールでもなんでもいいから「出塁する」という役割がある。ホームランは必要ない。

嶋津

「いかに自分が巧く話すか」ということではなくもっと複雑な問題ですね。周りの雰囲気や、大きな流れを掴みながら自分の役割を果たす。それこそ場を考えてお話になる、と。

杉本

普通の人はそういうことは気付かないでしょう。そういった部分が上手に映るのかもしれません。

基礎の習慣化。

嶋津

もともと今のように流暢な語り口であったというわけではないのですね?

杉本

そうです。これも訓練です。

先ほど、基礎練習の大切さという話をしたと思うのですが、「基礎的なこと」を習慣化するということが大切なんですよ。

野球選手で言えば「朝起きたら素振りする」みたいなことで。音楽のオペラ歌手だって朝起きたら発声練習をします。

それと同じで、自分の仕事にとって一番基礎的なことを習慣化する。これがものすごく大事なんです。

喋るのが上手くなりたかったら、まずは原稿読みを。これを何回も続けていれば誰でもうまくなります。つまり、型ができる

人前で喋るのが苦手な人というのは「何を喋って良いのか分からない」んですよ。自分の中にたくさんの原稿があると、その中からその場に応じたものを使えば良いだけの話なので狼狽えることがない。原稿が頭の中にあるのかなんていうのは観客には分からないわけです。

嶋津

引き出しの多さですね。

杉本

寄席に行っても上手、下手は別にして落語家の方が役割を果たしているかどうかが判断のポイントで。お客さんを笑わせるのがうまいのではなくて、「場の雰囲気の中でちゃんと役割に徹しているかどうか」というのを私は見ています。

仮説力の鍛え方。

嶋津

《日本の未来予想図》では現代社会の話をされていましたが、ああいった仮説力はどのように訓練されたのでしょうか?つまり先を見通す力。一般的な社説とは違ったオリジナルな仮説の立て方。

杉本

まずは大量に本を読むということですね。ただ本の中の情報というのも真実かどうか分からないところもある。だから本を読むという事と現場を見るということが必要です。

先日の外交の話でも、自分の足で海外まで足を運びイギリスの外務副大臣のロードハウエルさんらとディスカッションをしたわけです。首脳会談ではないけれども、そういうことに関与する人たちと実際にディスカッションをすれば外交の現場ではどのようにしてものごとを決定しているかが分かるんですね。

嶋津

この間オモシロイ記事を読んだんです。「地頭が良い人は、何が違うか」という記事なのですが。

色んな新聞を読んでも、新聞によって偏りはありますが、「自分なりの答えを出せる人が頭が良い」と。面白かったのが「食べログで星が3.8とか4以上が美味しいと思っている人は思考がストップしているのだ」と。それらの高評価の星の数というのは絶対的な信頼がおけるものなのか言うと実はそうでもない。美味しい店もあるが中にはそうでない店も中にはある。

本当に地頭が良い人というのは星1つや1.5のコメントから推察して店を判断できる、と。味が辛すぎる、塩味が強いというコメントがあれば「酒と一緒に飲む人からすれば良いアテが出るんだろう」とか。自分の中で仮説を作ることができる。人によってはプラスにならないような情報からでも有益な情報に変えていくというのが地頭の良さではないかと思ったのですが。

杉本

私、ガラケーなんです。スマホは絶対に使わない。それは人間の想像力を奪うから

嶋津

分からないことをすぐに調べてしまうから、ということですか?

杉本

はい。それに映像で出てくるでしょ?まずは自分の頭で考えないといけない。

AIが10年後に職を奪っていくという話がありますが、私は絶対にAIに負けない自信がある。なぜかといえば、例えば私は電車の時間をアプリで調べてその通りに乗る人は多い。

私も調べるけど、「ちょっと待てよ。鶴橋の近鉄への乗り換えなら一番前の車両に乗って走れば一分で乗り換えることができるよな。だったら到着する時間で調べて、プラス1分で鶴橋発を調べれば間に合うぞ」と、そういったオリジナルな方法で利用しているんですね。検索には出てこない、想像力を働かせて自分のやり方でルートをつくる。

嶋津

確かにスマホで調べたことが正解だと思ってしまっている節がありますね。「Googleやアプリの算出した答えが最善の策なのだ」という。

杉本

朝起きる作業と同じことなんです。つまり、「自分の人生を他人に委ねるな」ということ。所詮、スマホなんて他人の情報に過ぎない。それに頼って生きるから悪い。その情報も自分で選ぶかどうか、取捨選択しないと。「自分の人生は自分で決めなさい」ということです。

選択権は自分にある。

杉本

今、日本の問題点は、自分の人生を他人に委ねてばかりというところにあります。

「一身独立していない」ということ。だから「一国独立していない」ということに繋がる。

私はカーナビも使いません。

ある本に「ロンドンのタクシーの運転手は、脳細胞のシナプスの密度が5%ほど高い」と書いてありました。なぜかというと「ロンドンは一方通行が多く複雑だから道の構造を知っていなければならない」と。論拠がしっかりしていたので、思わず膝を打ったのですが。逆説的に言うと「カーナビは脳細胞を弱らせる」のです。だから使わない。

去年6月にインドに行ったのですが、デリーの空港からタクシーに乗ると、運転手が遠回りをしようとした。「お前なんでそっちに行くんだ。俺には分かるんだぞ、日本人だと思ってなめているだろ?」と。外国に行っても迷いません。当然Googleで先に調べてから行くわけですが。北半球南半球、あと緯度を考えて、太陽の位置を見て方角も分かる。

嶋津

文化圏の違う人とコミュニケーションをとる時に、しっかりと考えがあった方が相手もこちらを尊重してくれますよね。

杉本

自分の身は自分で守らなければいけません。

日本人が平和ボケをしていると言ったのは世界のスタンダードはそういうことなんです。

例えば、日本で財布を拾ったらどうしますか?「交番に届ける」と、子どもにはそう教えますよね。それでは外国旅行の最中に財布を拾いましたどうします?日本と同じように警察に届けたら、「中に金が入っていたのにコイツが盗んだ」となるんです。つまり犯罪者扱いされる。

嶋津

良いことをしたのに、犯罪者になる。怖いですね。

杉本

これは文化の違いなんです。日本人の感覚ではいけない。「良いことをしたのにどうしてそんな目に?」と。でも、それは海外では良い事ではないんですね。日本国内における日本人の感覚で良い事であっても海外の感覚では正しい事にはならない。あくまで我々が習っている道徳は、日本国内で適応される話です。

海外は文化も考え方も違う。海外のスタンダードは「自分の命は自分で守る」。

中国人はあつかましいと日本人はみんな言うけれど、中国に住んでいれば仕方がないことなんです。人間の数が多いから。並んでいるところを人に譲ったら、親戚全員みんなが入ってくる。そうすると永遠に順番は回って来ない。だから自分たちの我を主張するんです。それが中国の文化なんです。それはそれで良いんです。

嶋津

その辺りのバランス感覚がおもしろいですね。性善説だけでなく、相手の文化と比較しながら一番良い答えを出していくことが大切だと。

これからの学びかた。

嶋津

子どもって大変だと思うんです。ある時には「みんな一緒のようにしろよ」と言われたり、また別の時には「個性を磨け」と言われたり。

そうなってくると「自分の役割って何なんだろう」という疑問を抱きながどうすべきか分からずに立ち止まってしまうことってあると思うんです。目的なくただただ学校に通っているだけ、というか。

子どもを教育する上でのその辺りのヒントをお聴かせ頂けますか?

杉本

学校の先生や幼稚園保育園の先生にも言えることなのですが、結局リアルな社会っていうのがどのような仕組みなのかはあまり理解していないんですね。「幼児教育はどうだ、学校教育はどうだ」という議論ばかり。つまり、「何を教えるか、どういう教育をするか」ばかりに力を注いでしまっている。

では、実際に子どもたちが世の中に出た時、つまりリアルな世界に出た時にどういう人間が重宝されるか、という答えがないままみんなやっているんですね。僕は基本的に資本主義の原理を言います。

「他人と同じことをしていたらダメ」

その人にしかできないことをするのが資本主義社会の生き残り方なんですね。

これが社会主義であったり、いわゆる北朝鮮のような全体主義、そういう共産主義の国ならば話は別なのかもしれませんが。資本主義のというのは基本的には、他人と違うことをしなければならない。自分で仕事を作り出していかなければならない。

特に小学生や中学生の「まだ将来何をしたら良いのか分からない」という子には「自分の好きなことを大切にしなさい」と。

今って就職活動というよりも就社活動じゃないですか?「既に社会にある枠組みの中に自分がどう入って行くか」というような選び方をするでしょう?それは間違った選び方だと思うんです。

本来の考え方でいくと「自分の好きなことをいかに職業に変えるか」の方が重要で。「仕事ってどうやって探すのですか?」と言われたら「君は何が好きなんだ?」と尋ねます。「それをどうやって世の中に活かすかということを考えたら?」そういうアドバイスをします。

世の中の役に立つレベルの力を備えること。

杉本

「絵を描くのが好きだ」と言うなら「それじゃあ絵を描くことをどうやって世の中の役に立てれば良いのか、っていうことを考えてごらん」という話をします。

「実際に絵を描くことを職業にしたい」となると難しい。つまり画家という職業のことを言っているのですが、職業としての画家になれる人は全体の何%なんでしょう。当然難しいということは分かりますよね。

好きなことをダイレクトに職業にしたければ、その技術を世の中の役に立つレベルに上げなければいけない。

ここで先ほどの話に繋がるのですが「習慣化しろ」と。つまり「自分の好きなことのレベルを高めるための習慣を持ちなさい」と。

絵を描くのが好きなのであれば、毎朝起きたら絵を描く。バスケットボール選手なら一番嫌がるフットワークという基礎練習、剣道であれば素振り、歌手なら発声。

私は講演を仕事にしているので、朝起きたら15分間中国の古典の素読をします。

お腹から声を出すという訓練もそうだし、古典というものを通じて想像力を働かせる訓練です。私は好きなことを職業にしています。

自分の好きなことをどう職業に変えることができるのかを考えなさい。

まず、「習慣化してレベルを高めなさい」、「レベルが高ければ高いほど色々な役に立つ可能性がある」と。

「画家にはなれないが絵を描くのが得意」という人ならそれをマンガというフィールドに移すこともできる。デザイナーという手もある。カフェのラテアートの職人にもなれる。そうやって転化させていける。工夫があるから資本主義の競争原理が働くんですよ。

嶋津

理想論だけでなく、実践として自分のスキルとなるので良いことですよね。今まで出会った先生の多くは、理想は言うけれども実際に身になる事については教えてくれたことはありませんでした。そのようなアドバイスを聞けるのは人生の羅針盤として心強いですよね。

杉本

私は同世代の人にも相談を受けることが多くて。

例えば「会社を辞めて起業をしたい」といったような。事業はいかに黒字に持って行くのかが大事です。

そこで考えなければいけないのが事業の形態。株式会社ならば基本、受益者負担ですよね。サービスや商品を提供することでお客さんからお金をもらい事業を成り立たせる。

私は仕事柄、相談を受けるのは教育事業関係が多い。そうすると教育事業は株式会社でやった方が良いのか、それとも社団法人や財団法人の方が良いのか、ということに分かれる。財団法人や社団法人の場合は受益者負担ではありません。つまり、お客さんから取るお金ではなく、助成金や補助金のような形で公益社負担といった形になる。

分かり易く言えば、スポンサーが必要ということです。お客様に対するサービスや商品をダイレクトに提供することでお金をもらうのではなく、スポンサーを募り、支援を受けて、それを自身の事業に充てる。クラウドファンディングという方法もあります。

やり方は幾通りもある。

杉本

アルベルト・シュバイッツァーという人物がいます。

彼は30歳までは自分の人生好きなことをやって生きてきました。パイプオルガンの奏者でありながら牧師の職業に就きました。大学の神学科の教授になれるほど優秀で説教がうまかった。

しかし、彼はそれを全て投げ捨ててアフリカの病人のために医者になった。人類規模の社会貢献ですよね。

当然、医者には薬を買うために金が必要となります。「どうしようか」と考えた彼は、本国へ帰りパイプオルガンの技術を利用してコンサートを開いた。そして、そこで資金を調達して薬代に充てた。

私が本業(教育に関する講演)以外、ボランティア活動を含めて一切お金を頂かないのはそこなんです。すると、ボランティアの現場で携わった人たちが私の子ども食堂にお金を寄付してくれるんですね。私はこれを「シュバイツァー方式」と呼んでいます。

ロールモデルの見つけ方。

嶋津

杉本さんのインタビュー記事は保護者の方にも読んで頂きたいのですが。親御さんがお子さんに読ませる本として、杉本さんのおススメなどありますか?

杉本

ちょうど最近流行していますが、吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』は良書だと思います。コペル君の挙動に対して「自分だったらどうするんだろう?」と考えるきっかけになるのではないでしょうか?

生き方に行き詰まる理由は、生き方のサンプルの数が少ないからなんです。これが結局、今の日本人の閉塞感にも繋がるのですが。昔は「良い大学に行き、良い会社に入り、マイホームを持って、車を買って、一生安泰」という生き方のモデルがありました。皆はそれを目指した。

今はそのモデルが崩壊してしまって、目指す生き方がないんです。生き方ってロールモデルがあった方が楽なんです。それの選択肢もたくさんあった方が良い。

嶋津

それこそ伝記を読むのも良いですね。

杉本

そうですね。

中江藤樹、二宮尊徳、シュバイツァー、ガンジー、マザーテレサ。

これもきれいごとじゃダメで。後者の三人に共通するのは「厳しさ」です。マザーテレサのことを「優しい母」と思っているのは認識の間違いです。

嶋津

最後の質問になりますが、これからの教育に向けてどのような活動を行っていきますか?

杉本

寺子屋を今の方法で広げていくことですね。

一年目に1つ、二年目に2つ増えた。だから三年目には3つ増やそう、と。

江戸時代は全国に4万もの寺子屋がありました。私が個人で25年ほどかけて寺子屋を100個作る。同時に私のような人間が400人出てきて、行動を起こせばすぐに寺子屋は4万個できます。

政治の力で教育の土台を一気に変えるの難しい。そうではなく、現場の力で草の根運動で変えていきたいです。

嶋津

どうもありがとうございました。

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