読む「れもんらいふデザイン塾」vol.13

March 11, 2019

 

今回のゲストはクリエイティブディレクターの佐藤可士和氏。

 

デザインで世界をつくる。

グラフィック、プロダクト、空間、環境…

佐藤可士和氏の手によってあらゆるものに新たな命が吹き込まれる。

 

広告の中のデザイン

デザインの中の広告

 

千原

関西にいた頃、広告やデザイン自体にそこまで興味はありませんでした。

そもそも僕は美大を出ていないし、デッサンもできない。

 

でも、可士和さんの手がけた広告を見た時「僕にもできるかも」という気持ちになりました。

「おもしろい発想さえできれば、技術とは関係なくデザインをつくることができるかもしれない」

 

広告やデザインの仕事がおもしろいと思ったのはそこからです。

 

佐藤

実際そういう狙いもありました。

広告やデザインに興味がなかった人たちが関心を抱くきっかけになってくれたというのはとても嬉しいです。

 

今では一般的な感覚なのですが、当時はまだ〝デザイン〟と〝広告〟は一致しておらず、両者は分断されていました。

 

広告会社にいると〝広告〟が最上位概念なんですね。

〝広告〟の中にマーケティングやデザインがあるというイメージでした。

 

しかし、僕の中では〝デザイン〟の方が概念としては上に位置していた。

つまり、〝デザイン〟の領域としてグラフィックやプロダクトや空間や広告があって───広告はデザインの対象の一つという認識です。

その相違が僕の中で疑問や不満を生んでいました。

 

 

「それまでの広告アイディアと違う切り口ができれば、広告としての機能に加えてアイコンとしての機能にもなり得る」

 

そう考えていたのですが、理解されない環境にいて。

その悶々とした想いがこの仕事によって昇華されました。

 

千原

シンプルなデザインのアイディアはどこから来たのですか?

 

佐藤

街を歩いていると有名なフォトグラファーが撮ったモデルやタレントのビルボードよりも「信号機の方が目立つよね」ということを思っていました。

視覚対象を広告の中だけなく、ぼんやりと街全体を見てみると信号機が一番目立っている。

 

「真っ赤な色がそこにあるだけの方が目立つんじゃないか?」

 

そういうことをいつも考えていました。

でも、それだけではプレゼンができない。

クライアントに「何ですか?これは」と言われて終わり。

 

千原

確信はあるけれど、その材料で相手をどう説得するかというところがまだ言語化されていなかった。

 

佐藤

そこを打開したい気持ちもあって独立しました。

「もっと新しいやり方があるはずだ」と。

口で言ってもダメだから、態度で示さなきゃ、という。

独立直後でしたので、今まで溜まっていた疑問や不満などのエネルギーが一気に弾け、結果的に昇華できたのだと思います。

 

千原

広告代理店にいたら難しいところですよね。

 

佐藤

こういう仕事はできないですね。

プレゼンするにしても「何だ?これは」ということで、上の役員にプレビューする流れになることが容易に予想されます(笑)。

もしかしたら社内も通らないかもしれませんね。

 

千原

博報堂時代はCDジャケットなど、広告以外の仕事はできない感じでしたか?

 

佐藤

会社としての仕事としては難しいので、バイトとしてやっていましたね。

上司に「頼まれたんですけど、やってもいいですか?」と断りを入れて。

 

「会社の仕事にしてほしい」と言ったのですが、売上として成り立ちにくいという理由から「そういうのは可士和のバイトでやった方が良い」と。

 

20年前は商品開発、ブランド開発というのはあまりなかったですね。

今ならば〝デザイン〟や〝ブランディング〟という概念もずいぶんと一般化したので、状況は違いますが。

 

千原

広告をつくっている人たちの中で、「広告以外の要素でも注目されていった」という存在は珍しいですよね。

 

佐藤

そうですね。

CDジャケットをデザインするにしても、ファッションや音楽のCDジャケットを撮っているフォトグラファーではなく、あえて広告カテゴリーの人にオーダーしたり。

率先して「分断された状況を繋ぎたい」という意識はありましたね。

 

今でもジャンルの異なる人に新しくトライアルをしてもらうことが好きです。

全然違うものが出来上がるんですよね。

撮影に対する考え方、企画の出し方、編集やミックスも全て変わる。

今までになかった新しいものができていく。

センスの良い人たちにジャンルを越えた仕事をお願いすることは楽しいですね。

 

 

「今後メディアというものが変わっていくのだろう」と想定していました。

当時はインターネットが存在したと言っても光ファイバーなどのインフラが整っていたわけでもなく、まだスマホもない。

 

デザインを主体にすると、あらゆるものをメディアにできる。

CDジャケットもメディアになるし、Tシャツもメディアになる。

今聞くと当たり前だと思うかもしれませんが、当時そのように考えている人はあまりいませんでした。

 

千原

可士和さんが作るデザインはプロダクトにしても、建物にしても、グラフィックデザイナーである世界観が出ますね。

 

佐藤

「一度見たら忘れない」

一瞬で記憶に強烈に記憶に残るようなアイコニックかつシンプルなものを作りたいという意識はありました。

建築も、プロダクトも、グラフィックも「一本でもいいから線を減らす」という意識で。

 

 

 これは10年以上昔の話。

 

日没後の紫色の空の下、車を走らせていると遠くに暖色の灯りが見えた。

近づくにつれ、オレンジ色の灯は多様な表情を見せる。

最初、それはリゾートホテルのように見えた。

 

地元大阪の北摂にあるなだらかな丘───こんな場所にそんなものがあるはずがない。

図書館?美術館?

いや、きっとレストランでも新しくできたのだろう。

 

灯りのぬくもりと豊かな光量の理由は、窓の多さにあった。

使用されている建築材のせいか、建物の内側で光が反射して、杏子のような陽だまりがいくつも重なり合うように大小入り交じり、そこかしこに満ちていた。

わくわくするほど美しかった。

 

建物のそばに車を止め、中の様子を伺うと食事をする人々の姿はなかった。

車から降りてファサードに近づく。

そこにはカフェではなく〝Hospital〟と書いてあった。

 

 

千里丘リハビリテーション病院

 

 

講義の中で一枚の写真がスクリーンに映った瞬間、全身の毛が逆立った。

あの時の光景が蘇った。

10年経った今でも、鮮明に記憶に残っていた。

あれは佐藤可士和氏がクリエイティブディレクションをした建築だったのだ。

 

 

当時、僕は物書きですらない───ごく普通の大学生であった。

まだ〝何も知らない〟僕の心に刺さり、その鈍い痺れは今もまだ残っている。

 

 

この仕事をはじめてから、クレジットありきで絵画や建築を見るようになった。

 

「あの作家がつくったから見に行こう」

 

予習は常に合理性をもたらす。

その一方で無意識に根付いた先入観からは離れることはできない。

 

あの時見た豊かな暖色の灯りたち。

醸し出すぬくもり。

言葉にならない〝何か〟の力によって引き寄せられた不思議な体験。

 

あの頃のまっさらな自分に感動を与えてくれた人が目の前にいた。

 

空間

 

佐藤

父親が建築家だったことも影響して、建築というか〝空間〟が好きでした。

SAMURAI設立以降、空間のない仕事の方が少ないくらいです。

オフィス、店舗、イベント…

何らかの形で空間と関わっています。

 

 

最新の技術を使えば、それなりにカッコイイ建物はできると思います。

でも、それは〝ただ、カッコイイだけ〟で。

美しいものでも、メッセージと合っていなければ美しく見えなかったりする。

借りてきた服を着ているような感じです。

それだとオフィスとしての愛着も湧きにくい。

空間によって働く人のマインドも変わります。

 

 

だから「オフィスブランディングって大事だな」と。

ブランディングというのはストーリーをどのようにして伝えるか。

その文脈を作ることがクリエイティブディレクターの仕事です。

それをいろいろなメディア───プロダクト、空間、グラフィック、映像などに落とし込んでいく。

 

今の時代、「グラフィックデザイナーだから」とか「プロダクトデザイナーだから」とかは全く関係ない。

専門性があることに越したことはないのですが、大事なのは〝どういうコンセプトを立ち上げることができるか〟ということ。

そこにクリエイターらしさみたいなことが出てくるといいですよね。

 

クライアントが本質的に目指すものを、言語化し、ヴィジュアライズする。

それらが一瞬にして世の中と繋がる。

可士和氏のデザインは鮮やかだ。

 

 

Q.可士和さんのコンセプトはヴィジュアルとセットになっているような印象を受けます。  

言葉とヴィジュアルの関係性についてお話ください。

 

佐藤

コンセプトメイキングというのは、最終的に言葉にもなる。

ただ、便宜上言葉にしているだけで、〝感触〟〝佇まい〟という要素の方が大きい。

それを人に伝える時に、言葉になっていた方が仕事上やりやすい(伝えやすい)。

 

実は言葉はコンセプトを伝える一つの手段であり、もっとヴィジュアルの身体感覚とか全体にある〝佇まい〟───全体を醸し出している雰囲気です。

それを分解していくことで、言葉に置き換えています。

 

 

Q.可士和さんのアイディアや企画には、〝不満に対する問題解決〟が多いと感じました。

今、不満に感じていることはありますか?

 

佐藤

世の中にあるものほとんどそうなのではないかと思います。

問題意識がないとオリジナリティのあるクリエイティブは発揮できない。

 

世の中に対する問題意識をどう持っているかが大事だと思います。

それがなければ、クライアントから言われたことをそのまま処理するだけになってしまう。

そうなると前提が疑えていなかったりするので、爆発的な結果に結びつかない。

 

千原

依頼を受けたことをそのままそこに打ち返しちゃうと、そこに対してのインパクトは弱くなってしまいますよね。

 

佐藤

コミュニケーションドクターと言いますか、この仕事をお医者さんのようなものだと思っています。

患者さんが「お腹が痛いです。多分風邪だと思います」と言っても、医者ならば一度問診しますよね。

腹痛なのか、風邪なのか、もしかしたらもっと深刻なケースもあるかもしれない。

「お腹が痛い」と言っていても、実際には原因は背中にあるかもしれない。

そういうことはプロがちゃんと診てあげた方がいい。

 

「前提を疑う」ということはクリエイティブの出発点で、それができるかできないかの差はかなり大きいと思います。

 

 

Q.可士和さんの情報のインプット法について教えてください。

 

佐藤

いろいろな業種の仕事をしているので、それが刺激になっています。

一つの案件に対して、深く携わるのでその分理解も深まる。

例えば車業界で言えば、軽自動車は日本独自の規格で、そこから世界と日本の立ち位置の違いが分かったりする。

当然、AIによる自動運転やIOTとも繋がってくる。

教育、医療、エンターテインメント、インターネット…あらゆる業界の仕事をすると全体として見えてきます。

 

なんとなく、小高い丘の上から大きな川が流れているようなイメージで日本や世界の流れが見えてくるんです。

「全体としてはこっちに向かっているんだな」ということが分かると、視界がクリアになる。

一番のインプットは仕事ですね。

 

千原

先ほども「違うジャンルの人と組む」というお話がありました。

僕もCDやファッションばかりやっていると同じ打ち返ししかできなかったりするのですが、そこで培った知識や考えを今度は全く違う〝飲料〟の世界などで打ち返していくと新しい発想になる。

そうするとおもしろいことになってきますね。

 

佐藤

そうですね。

なるべく異なるジャンルの人から話を聞くことは大事だと思います。

手っ取り早いのが違う業界の仕事をやること。

知らないことばっかりですからね。

 

佐藤可士和論。

 

可士和氏さんの(現地点での)一番の功績はデザインの概念をアップデートした点にあります。

それはクリエイターだけでなく、世の中全般に対して大きな影響を与えました。

「佐藤可士和以前、以降」で時代は大きく変わっています。

 

この2時間の講義の中で最も響いた言葉。

 

 

佐藤

僕の中では〝デザイン〟の方が概念としては上に位置していた。

つまり、〝デザイン〟の領域としてグラフィックやプロダクトや空間や広告があって───広告はデザインの対象の一つという認識です。

 

 

話の本質は別の点にあったため、取り立てて掘り下げた言葉ではありません。

しかし、僕にとっては何よりも重要なポイントでした。

デザインという概念をアップデートする、まさにその瞬間だったのです。

 

 

佐藤可士和さんの著書の中にこのような記述があります。

 

 

「デザイン=表層的な形や美しさを作ること」と思われがちですが、デザインを〝ソリューション〟として捉えるべきだと思います。(『佐藤可士和のクリエイティブシンキング』より)

 

 

〝機能〟のみが本質価値であり、付加価値として認識されていたデザイン。

可士和さんはそこから抽象度をもう一段階上げました。

───〝表層的な美しさを作ること〟から、〝問題解決の手段〟へ。

 

抽象度が上がったことにより、ビルボードやテレビCMだけでなく───CDジャケットも作れば、携帯電話も作る───グラフィック、プロダクト、空間、環境さえもデザインの領域となったのです。

つまり、広義的な意味として〝デザイン〟はアップデートされたのです。

それは〝デザイン〟にパラダイムシフトが起こったことを意味します。

 

 

これにより、「佐藤可士和以前、以降」という時代の境目が生まれました。

 

 

講義の中で可士和さんが述べた「あらゆるメディアで〝デザイン〟が必要になる」という言葉は、まさに概念が塗り替えられたことを指し示しています。

究極的には人間や思想でさえもメディアとなり、そこには必ず〝デザイン〟が必要となるという新たな時代です。

 

 

デザインの概念をアップデートしたことによって、可士和さんの全てのクリエイティブが前例のないドラマティックなものとなりました。

では、そのきっかけは何だったのでしょう?

僕はその答えこそ、〝内省〟にあると確信しました。

 

可士和さんはドクターのように問診することで相手の中に答えを発見する一方、数えきれないほどの内省───「無意識の意識化」による言語化、ヴィジュアライズを通して思考を整理されてきました。

そこに世の中にはない価値観を発見したのです。

 

 

「相手のなかに必ず答えはある」と述べましたが、同様に「自分のなかにも必ず答えはある」のです。(『佐藤可士和の超整理術』より)

 

 

広告代理店時代の11年間で蓄積した疑問や不満、そして未知なるデザインの可能性。

SAMURAI設立以降、可士和さんはそれらの膨大な仮説を検証し続けてこられました。

 

冒頭で触れた「上位概念の整理」こそ、〝佐藤可士和〟というクリエイターの核心です。

つまり、内省こそが〝自分〟というメディアの本質に繋がる。

 

重要なのは表層的にテクニックを盗むのではなく、自らのライフワークの中でプライオリティと上位概念を整理すること。

そこに真剣に向き合い、概念のアップデートを繰り返すことができれば、もしかするとあなたも〝佐藤可士和〟のように時代を作り替えることができるかもしれません。

 

 

《佐藤可士和》

1965年東京生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業。株式会社博報堂を経て2000年独立。同年クリエイティブスタジオ「SAMURAI」設立。ブランドアーキテクトとして、ユニクロや楽天グループのグローバルブランド戦略、キリンラガービールのパッケージデザインとコミュニケーション戦略、セブン-イレブンジャパンのプライベートブランドリニューアルなど数々のプロジェクトを手掛けている。20万部超のベストセラー『佐藤可士和の超整理術』はじめ、『佐藤可士和のクリエイティブシンキング』絵本『えじえじえじじえ』(谷川俊太郎と共著)ほか著書多数。毎日デザイン賞、東京ADC賞グランプリほか受賞多数。慶応義塾大学特別招聘教授、多摩美術大学客員教授。

 

 

《塾長:千原徹也》

デザインオフィス「株式会社れもんらいふ」代表。広告、ファッションブランディング、CDジャケット、装丁、雑誌エディトリアル、WEB、映像など、デザインするジャンルは様々。京都「れもんらいふデザイン塾」の開催、東京応援ロゴ「キストーキョー」デザインなどグラフィックの世界だけでなく活動の幅を広げている。

最近では「勝手にサザンDAY」の発案、運営などデザイン以外のプロジェクトも手掛ける。

 

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