パティシエオカダの生みの親

パティシエオカダとムッシュマキノ。

その歴史と絆。

パティシエオカダ創立20周年。

瓢月堂の創業から数えると、その歴史は80年を超える。

言わずと知れた八尾を代表する老舗。

今、はじめて振り返る軌跡。

道のりの長さの分だけ、切り立つ起伏がそこにはあった。

今回は瓢月堂の代表取締役社長、岡田セツさんとムッシュマキノ代表取締役社長、牧野眞一さんの特別対談。

二人の出会いとその絆。

それらの物語は、色彩豊かに、そして心地良いメロディを奏で。

香りは満ち溢れ、肌触りまでも鮮明に。

味わい深く蘇る。

〈瓢月堂代表取締役:岡田セツさん〉

〈ムッシュマキノ代表取締役:牧野眞一さん〉

元々、瓢月堂は和菓子の店としてモナカの卸売をしていた。

時代の流れに乗り、百貨店に進出、それと同時に洋菓子の世界にも足を踏み入れた。

根本にある和菓子店という強みを活かし、和洋折衷のお菓子作りを手がける。

『ディスカ』という商品はそうして生まれた。

ディスカのヒットに続き、『夕張メロン』が一世を風靡する。

時代は瓢月堂の追い風となって吹いていた。

パティシエオカダが生まれたのは、そんな瓢月堂の花盛りが黄昏を迎えた頃のこと。

特にバブルの崩壊は瓢月堂に多大なる損失を与えた。

淡い黄昏時も終わり、漆黒の闇に突入しようとしている。

そこへ現れた、一筋の光。

それがムッシュマキノだった。

ムッシュと出会っていなければ今はない。

嶋津「瓢月堂とムッシュマキノの出会いについてお聞かせください」

岡田「経営が苦しい時でした。百貨店に進出し、和菓子ではなく洋菓子(スィーツ)を手がけ始めたところまではよかった。『ディスカ』に続き『夕張メロン』というヒット商品が生まれました。時代の流れの中でバブルがはじけ、その激しい煽りを免れることができませんでした。もう『明日、明後日が分からない』といった状況の中で、ムッシュの存在を知りました」

牧野「私の店に来てくれたと、後でスタッフから聞きました。その時、私はちょうど店を留守にしていて、スタッフが名刺を預かっていた。『せっかく来てくれたのだから』と折り返しこちらから電話をしたんですよ」

嶋津「ムッシュはその時、瓢月堂という名前を知っていたのですか?」

牧野「いや、知らなかった。わざわざ店に来てくれたので電話しただけです。そもそも八尾という街のことさえよく知らなかった」

嶋津「はい」

牧野「それでね、店のことを相談に乗ってほしいというのを電話口で頼まれた。『それではそのうち店に寄せてもらいます』と答えました。その時はそれで終わる予定だったんです」

嶋津「はい」

牧野「そしたら電話の向こうで『いつですか?』とくる。こちらも驚きましたね。そりゃあ社交辞令ですよ」

岡田社長はニコニコ微笑みを浮かべ、頷きながらムッシュの話に耳を傾ける。

まるで昨日の出来事を聞くように。

嶋津「ムッシュは社交辞令で言った、と」

牧野「笑い話ですが。それにはね、理由があった。実は当時、私の店もオープンして間もない頃だった。決して大きいとはいえない店舗だが、立ち上げてまだ半年しか経っていない」

岡田「その時には既にかなりの繁盛店でした。ご挨拶に訪れた時も人がいっぱいで」

牧野「だからね、人様の店をどうこうする、というよりもまずは自分の店の基盤をしっかりと作らなければいけない。大切な時期だ。だから社交辞令で終わらせようとしたのだが、『いつですか?』とくる。これにはやられました」

電話口でスケジュール帳を取り出した岡田社長。

掴みかけたチャンスは決して逃さない。

この時のやりとり、瓢月堂では有名な語り草となっている。

岡田「あれは忘れもしません。ムッシュマキノを訪れたのが6月28日。縁起が良いということでムッシュは『1』という数字を大切にしました。それで7月1日に瓢月堂に来てくれる約束をしてくれました」

初めて訪れた瓢月堂。

ムッシュが目にした風景。

最初の印象はお世辞にも褒められたものではなかったという。

牧野「構えが立派過ぎました。しっかりとしたビルでね。その割にプロフェッショナルのパティシエがいない。空間は広いがうまく使えていない。喫茶のスペースも相当にあった。だから余計に流行っていないのが目立つ」

岡田「あの頃は何をやってもダメだし、何より『何をどうすれば良いのか』が分かりませんでした」

牧野「訪問する前にね、周りの仲間にも色々と聞いてみた。『瓢月堂というと夕張メロンで一世風靡した会社、すごいところですよ』と話していた。その割には閑散としているなぁ、といった印象です」

嶋津「周囲の評判と、目の前の店の雰囲気が一致しなかったんですね」

牧野「一通り店を見てからね、岡田社長が『協力してもらえるならもう一度頑張りたい』と」

岡田「そんな言い方するものですか!恐れ多いです。あの時、私はムッシュに正直に言いました。『助けてください!』って」

嶋津「すごい!ドラマのようですね。でも、ムッシュはご自身の店が大切な時期ですし、瓢月堂を今から変えるとなると随分な足労が」

牧野「いや、大変だっていうのは百も承知だった。でもね、結果、岡田社長の想いに根負けしたんですね」

瓢月堂は商品や教育、そして店舗の内装に関することの全てをムッシュに任せた。

当然、そこに発生する資金にも一切口を出さなかった。

「店に関わるその全てをムッシュに任せる」という道を選んだ。

経営者としては思い切った決断である。

開店して2、3年の店舗ならまだしも、数十年の歴史を持つ瓢月堂ではなおさらのこと。

押し寄せる不安は想像に難くない。

そして後に、その時の選択が英断であったことが明らかになる。

牧野「私自身も自分の店を立ち上げて間もない状態。弟子の店ならともかく、他店舗のプロデュースについてはノウハウもない。しかし『私にできることなら』ということで請け負いました」

岡田「ムッシュにお会いした時に『この人だ!』と思ったんです。『この人に助けてほしい』と。任せると言った以上口に出せない。主人とはお金のことについては一切言わないでおこうと決めました。『どうしよう、どうしよう』と不安だらけではありましたが、任せた以上は腹を括りました」

嶋津「どれくらいの規模で、お店を変えたのでしょうか?」

岡田「それはもう全て。商品はもちろん、内装、外装、驚いたのはラッピング用のシールに至るまで全て変えました。シール一枚までですよ。この徹底ぶりには主人と二人、感心を超えて、驚嘆しました」

嶋津「それはすごいですね!」

牧野「関わると決めた以上はこちらも真剣です。自分にできるものを全て注がなければ失礼だ。生まれ変わらせるというのは『古きよきものを残す』だとか、そういうことではない」

岡田「内心『あそこまでしないとダメなのだろうか』と思っていました。口は出さないと言った以上、それを言葉にすることはありませんが。ただ資金面の不安は募る一方で。当初の予算を大幅に超えるプランでした。でも、良縁というのは続くのですね。銀行の方でも良い巡り合わせがあり、誰にも迷惑をかけることなくどうにか形にすることができました」

7月1日にムッシュが瓢月堂を訪れてから約4ヵ月で、パティシエオカダはオープンを迎える。

そのたった4ヵ月の間に、瓢月堂は全く新しい生命へと生まれ変わった。

短いようで、濃密な4ヵ月間。

入りやすい店ではなく、入ってみたくなる店を作る。

ムッシュには哲学がある。

そしてムッシュの言葉には物語がある。

入りやすい店ではなく、入ってみたくなる店をどう作るか。

「売れる商品」を作るのでなく、「商品を売る」ことについて考える。

技術・理念・仕事に向き合う姿勢。

「まずは足元だ。いきなり飛ぼうとせずに、足元からしっかりと土台を作らなければいけない」

そう言って、ケーキのレシピさえ出し惜しみなく教えた。

次第にパティシエオカダは、ムッシュマキノの色に染まっていった。

嶋津「レシピまで全てですか?」

岡田「本当に全てやってくれました」

嶋津「どうして出し惜しみなくそこまでできるのですか?」

牧野「出し惜しみとか、そんな大袈裟なことではない。レシピなんて大したことないんです。皆が共有して、その地域ごとにアレンジしてやっていけばいいんです」

嶋津「レシピを公開した方が、業界の底上げのためにとって良い、と」

牧野「そちらの方が断然良いですね」

岡田「これは誇張でも何でもなくムッシュがいてくれたから、今の私たちがいるのです

そして、11月11日11時11分

パティシエオカダ、オープン。

1並びの記念すべき瞬間を開店の合図にしたこともムッシュの提案だ。

そう「1」という数字にはツキがある。

まるで魔法にかかったように、パティシエオカダのケーキは飛ぶように売れた。

知らない人が見ると、それは本物の魔法のように見えるかもしれない。

しかし、ものをつくり、そしてものを売る、ということその全てには明確な理由があるのだ。

岡田「オープンの日には、侍プロジェクトの10人のお弟子さんが全員来てくれました。若い人たちを連れて駆けつけてくれたんです。自分たちの調理場を空けて、わざわざ八尾まで。もちろんムッシュのお店もそうです。本当に感謝しかありません」

ムッシュには当時、10人の弟子がいた。

ムッシュを含めたパティシエ部隊として『11人の侍』というプロジェクトを百貨店で開催していた。

その侍たちが、パティシエオカダのオープンに駆けつけてくれた。

岡田社長は涙が出るほど嬉しかったという。

岡田「そこへもってきて、ムッシュにお世話になっている業者さんたちも来る。本当に驚きました」

嶋津「ムッシュと繋がりのある方が矢継ぎ早に店へ訪れるんですね」

岡田「もう感激で、感激で。私たちはお菓子の問屋をやっていたものですから、よく分かるんです。今までの商売付き合いの相手は『ちょっとでも安くして売ってもらおう』という感覚です。目先のことで動く相手しか知りませんでした。百貨店に入った時も基盤となる力がないものだから、足元を見られて無理難題も言われる。踏みにじられるような感覚を味わったこともあります」

嶋津「はい」

岡田「それがムッシュ一人の力で、こんなにもたくさんの人が協力してくれることに驚くと同時に、感動しました。『こういう世界もあるんだ!』」

嶋津「ムッシュの徹底した応援ぶりには驚かされます」

牧野「いえ、私は応援したことは一度もない。私がするのは応援ではなく、協力だ。応援なんてね、電話一本で『がんばれよ』って誰でもできる。自分が動く、ということは協力する、ということ

岡田「ムッシュのように本気で想ってくださり、助けてくれる人なんていないです。実はパティシエオカダを命名したのもムッシュなんです」

嶋津「パティシエオカダの名付け親ですか!」

牧野「さぞかし心苦しかったと思います。伝統ある店の屋号を変えられるわけですからね。でも、私も本気だった。イメージを変えること、そして名前を看板にすることで責任が宿る。岡田社長は本気で『助けてほしい』と言った。それを返すには私も本気で自分にできる全ての力を出し切らなければならない」

岡田「その時、私と主人は『ここまでやってくれようと思っているのか』と、その真剣さに驚きました」

そこまで力を注いだムッシュは、1円たりともお金を取らなかったという。

岡田「お金を受け取ってくださったらこちらも気が楽なのですが、一切受け取ってくださらない」

牧野「お手伝いは私の本業ではありません」

嶋津「本業ではないからお金は取らない、と」

牧野「私の生業はお店でお菓子を作ること。それが私の本業です

ムッシュの言葉を聞いていると、いつの間にか引き込まれている。

表情や仕草、その一つ一つに呼応するように、細胞がしゃんとする。

それは九分立ての生クリームのように、ツンと立って。

「もっと話を聞いていたい」

力強いのに、心地良い。

ムッシュの言葉に細胞が共鳴する。

みんなちがって、みんないい。

嶋津「自身のお店がオープンして半年だというのに、パティシエオカダへ全身全霊で力を注いだのですね。しかも無償で」

牧野「良い格好をして言う訳ではないですが、自分も今までたくさんの人に助けてもらった経験がある。『自分だけが特別何かをしてやった』という感覚は正直一切ない。自分の弟子もそうだけど、独立して自分の店を構える時には当然手伝う。その時、必ず言う。『俺に返すことはない』と。だから、盆暮れでも『お世話になりました』なんていう挨拶もいらない。独立してオーナーになるということは、少なからずスタッフが一人、二人いるわけだ。私に返すのではなく、次はスタッフに返してやってほしい」

百貨店で開催されていた『11人の侍』のプロジェクト。

後に弟子の10人ともが成功を収めた。

ムッシュはその全員を、パティシエオカダと同じように応援していたという。

牧野「でもね、オープンすればもうそれは経営者の店です。『よっぽどの相談事がある』というなら出向くけれど、それ以外は基本的に行かない」

嶋津「なぜですか?」

牧野「頻繁に顔を出すと『俺がやってやった』というような雰囲気がどうしても出てしまう。そういうのは好かない。『お前はもうお前』。師匠、弟子ではないんです。オーナーという同じ土俵の人間」

牧野「経営者っていうのは同じなんです。従業員を1000人雇っているからといって特別偉いなんていうことはない。下に1000人いようが、それが1人だろうが、経営者という意味では平等なんです」

岡田「ムッシュは知っていることの全てを出し惜しみなく教えてくれます。発想だってもったいぶらない。レシピでも何でも全て教えてくれる。ただね、気付いたことが一つあります。それはね、結局は腕だということ。レシピは同じものでも、作り手が変われば味は全く違う。同じものを同じ通りに作っていても、完成品は全然違うんです

牧野「おっしゃる通り」

嶋津「レシピが同じでも、同じではない」

牧野「ええ。同じショートケーキを作っても、土地が変われば同じものはできない。たまに『フランスの伝統菓子で50年の味を再現した』と言われるものが出たりするが、それを大阪で作れば、結局それはもう大阪のお菓子なんですよ」

岡田「それは本当にそう感じます」

牧野「決してマネできることはない。空気であったり、オーブンの癖であったり、何よりその土地の風土が味に影響する。でもそれが悪いわけではない。みんなちがってみんないいんです。だから面白いんですよ

岡田「大きい事業をしている人はなかなか細かいことに気が付かない。反対に細かい事業をしている人は大きなことに気付かない。でも、ムッシュはどちらの目線も持っている。特に尊敬する部分です。繊細さと大胆さを兼ね備えています。そういう人だから大きなプロデュースもできれば、繊細なお菓子作りまでできてしまう」

牧野「買いかぶり過ぎです」

ムッシュは褒められると少しだけ苦い顔をする。

その表情を見る度に思うことがある。

「この人は本当に、自分の信念に正直に行動しているんだ」

損得勘定など一切なく、「自分がやると決めたからやる」

たったそれだけのシンプルなルールに基づいて。

ムッシュにとって、「自分が決めたことをやる」のは当たり前のこと。

自分が決めたからやっているだけで、褒められるようなことはしていない。

そんな想いが読み取れる。

誰よりも感じる言葉の重み。

それは言葉通りの行いを続けてきたから。

ムッシュの仕事への姿勢からも分かるように。

決めたことは徹底的に追及する。

決して、自分に嘘をつくことなく。

曖昧な気持ちで接するのは失礼だ。

ムッシュはいつだって、本気で返してくれるから。

まごころは細部に渡る。

豊中市にあるムッシュマキノの本店。

フロアの天井には6等分されたデコレーションケーキの幾何学的なデザインが施されている。

6つに等分されたケーキ、その一つ一つの意味は「脳覚・嗅覚・視覚・味覚・触覚・聴覚」

味わう、そして視る・聴く・嗅ぐ・触れるという五感すべてに訴えかけ、心に印象を刻むお菓子を作りたいという気持ちの表れ。

パティシエオカダに受け継がれた、ムッシュマキノの哲学。

牧野「人間の持つ5覚5感。そして心(Heart・脳覚)を入れた6つの感覚。その6つのうち、4つを満たしていると店は繁盛します」

嶋津「6つのうちの4つですか」

牧野「流行っている店はそうです。注意して見てもらうと気付くと思います。6つのうちの6つ全てを満たせば店はものすごいことになる。これは私たちの永遠のテーマでもありますが」

嶋津「きわめて感覚的な話ですね」

牧野「そうですね。しかし、それを明確な意識を持って組み立てることが重要だ。なんとなくの感覚としてアプローチしている人は多い。それではコンディションによってズレが出てくる。つまり、店の調子にムラが出る」

嶋津「意識的に六感を満たしてこそ、ということですね。具体的にはどのようなことですか?」

牧野「例えば、季節を味わう飾り付け一つにとってもそう。『他の店がやっているからうちも取り入れよう』というのはダメで。季節を先取りして、意識的に自分でやる。たったそれだけの差が積み重なると大きな違いとなる。適当に花を飾る、というのと、『この場所』に『このような形で』花を飾る、という明確な意識を持った飾り付けでは見え方が全く違う。どちらの方が心地良いかは一目瞭然です」

嶋津「心地良さには理由がある、と」

牧野「お客様に心地良さを提供することが基本です」

嶋津「人が心地良さを感じる感覚ですか」

岡田「それはセンスです。普通の人には持ち得ないもの。言われてみれば『あぁそうか』と思うけれど、言われなければ分からないもの。だからマネをする」

嶋津「僕が驚いたのは、聴覚という部分です。お菓子ですから、見た目である視覚、香りを楽しむ嗅覚、そして味わいの味覚というのは分かるんですね」

牧野「それだけじゃない。耳をすませばお菓子からも楽しいざわめきは聴こえてくる。例えば、ラッピングされたものを取る時から既にはじまっている。ラッピングをめくる音、フォークがお菓子に入っていく音、口の中で変化する音。それらの環境音を含めて、おいしさを演出している」

嶋津「なるほど」

牧野「販売における聴覚も大切です。お客様が店に入ってきた。それを感じて、『いらっしゃいませ』という第一声がある。パッと明るい声を聴けばお客様も気持ち良い」

嶋津「笑顔もそうですが、確かに明るい声を聴くと嬉しくなります」

牧野「それと、奥から声が発生する店というのは絶対に売れる」

嶋津「奥から、と言いますと?」

牧野「厨房からお客様へ声が届く店でなくてはいけない。作り手から『いらっしゃいませ』という言葉に乗せて『俺の菓子はどうだ、どうだ、どうだ、どうだ』というのを伝える。販売の店員は背中で響いて、その声につられて『いらっしゃいませ』とやらなければいけない」

嶋津「厨房から波を作るように、お客様を迎えるのですね」

牧野「厨房と販売が別れているのはそもそも正しい事ではないと私は思っています。『店』は働いている者全てが作り出す空間。だから私の店は入った途端にキッチンまで広々と見渡すことができるように設計されています」

今日一日、いかに店を作るか。